捨て奸

捨て奸（すてがまり）

捨て奸とは、合戦における計略の一つで、主に戦国時代の島津氏によって用いられたとされる戦術です。特に、関ヶ原の戦いにおける島津義弘の退却戦において用いられたことで知られています。

概要

本隊が撤退する際に、殿（しんがり）を務める兵の中から少数の部隊がその場に留まり、あたかも伏兵が存在するかのように敵を欺き、時間稼ぎを行う戦法です。敵が罠がないと判断して突撃してくると、留まった部隊は死ぬまで戦い、あるいは実際に少数で伏兵となって追撃部隊を奇襲することで、敵の対処を遅らせます。この足止め部隊が全滅すると、さらに新たな足止め部隊を退路に残し、同様の行為を繰り返すことで本隊を安全に撤退させる時間を稼ぎます。

関ヶ原の戦いにおける捨て奸

関ヶ原の戦いにおいて、島津軍は西軍に属していましたが、戦況が悪化し周囲が東軍（徳川家康方）の敵ばかりとなる中で撤退を余儀なくされました。3,000余名いた兵士は300名程度にまで減少していましたが、島津義弘は敢えて敵前衛である福島正則隊を正面突破し、その後、捨て奸戦法を用いて伊勢街道経由で戦場からの離脱を図りました。

島津軍は、敵に発見されにくくするために、また鉄砲射撃の命中率を向上させるために、退路に数人ずつの銃を持った兵士を点々と配置し、あぐらをかいて座らせておきました。追ってくる敵部隊の指揮官を狙撃した後、槍を持って敵軍に突撃するという戦法を取りました。徳川方の松平忠吉、井伊直政、本多忠勝らは島津隊を執拗に追撃しましたが、忠吉と直政は重傷を負い、忠勝は落馬しました。井伊直政はこの時に受けた傷がもとで2年後に病死したと言われています。

島津義弘らは養老山地を抜けて堺にたどり着き、海路を経て薩摩へ帰還しましたが、生きて薩摩に戻ることができたのは、300名のうちわずか80数名でした。

捨て奸の効果と犠牲

捨て奸は、高い銃の装備率と射撃の腕前、そして島津兵の勇猛果敢さがあってこそ効果的な運用が可能な戦法でした。しかし、義弘の身代わりとなった甥の島津豊久や家老の長寿院盛淳をはじめ、多くの犠牲者を出しました。関ヶ原における島津軍の退却戦での捨て奸は、義弘や家老達に指名された者よりも、志願者が多かったと言われています。

捨て奸の呼称について

この「捨て奸」という呼称がいつ頃から使われていたのかは定かではありませんが、明治時代の文献には既にその記述が見られます。明治17年（1884年）に刊行された「武田三代軍記」には、信州塩尻合戦において板垣信形が伊那勢の偽装退却の計略に引き込まれたことに対して「乗捨奸」と表現されています。また、明治26年（1893年）に出版された「関ケ原軍記」には、関ケ原合戦における島津軍の「退き陣」を指して「捨がまり」という言葉が用いられ、「がまり」は伏兵のことであると注記されています。

妙円寺詣りと関ケ原戦跡踏破隊

鹿児島県では、島津軍の「退き口」を偲ぶ妙円寺詣りという行事が現在も行われています。また、1960年には、窪田廣治が鹿児島の子供たちが島津隊の脱出路を歩く「関ケ原戦跡踏破隊」を始め、その活動は21世紀に至るまで続いています。薩摩藩が工事を担った宝暦治水の恩返しとして、岐阜県海津市の住民が案内役を務めていることも特筆されます。

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