掻い掘り

掻い掘り（かいぼり）とは、池や沼の水を一時的に全て抜き、底に堆積した泥や土砂を取り除き、池の底面を数日間から数週間にわたって乾燥させる、日本に古くから伝わる伝統的な池の管理手法です。

この手法は、「換え掘り（かえぼり）」「換え乾し（かえぼし）」「池干し」「泥流し」といった別称でも呼ばれることがあります。また、池や沼だけでなく、時には井戸の水を汲み上げて内部の土砂を取り除く「井戸浚え（いどさらえ）」を指す場合もあります。

掻い掘りの主な目的は、主に農業用のため池を健全に維持することにありました。稲作が終わり、農作業が一段落する晩秋から早春にかけての農閑期に実施されるのが一般的でした。池の水を抜いて天日に干すことで、底に溜まったヘドロや土砂を掘り出し、これらを栄養豊富な肥料として田畑に活用したり、池に生息する魚を捕獲して食料として利用したりするなど、資源を有効活用する目的がありました。

掻い掘りは、池の生態系や水質を改善する上で重要な役割を果たします。長年利用される池には、植物の枯葉や生物の死骸などが堆積し、ヘドロとなって沈殿します。これらは水中の栄養塩類を増加させ、富栄養化を引き起こす原因となります。掻い掘りによってこれらの泥や余分な水が排出されるだけでなく、池の底面が空気（酸素）に直接触れることで、泥の中の有機物を分解する微生物の活動が促進されます。この微生物分解は、水質悪化の原因となる物質を無害な形に変える効果があり、結果として池の水の透明度が増し、水質が浄化されます。

かつては農業目的が主でしたが、現代においては、水質浄化や景観改善、さらには生態系保全のためにも掻い掘りが広く行われています。特に、近年問題となっている外来生物、例えばブラックバスやブルーギル、アメリカザリガニなどが在来種を捕食したり競争したりすることで生態系を脅かしていますが、掻い掘りはこれらの外来生物を駆除する有効な手段として注目されています。

掻い掘りは、生物多様性の維持・回復に貢献する可能性も秘めています。驚くべき事例として、地中に埋もれたり乾燥に強い種子や根茎となって眠っていた水生植物が、掻い掘りによって池底が撹拌され、光や酸素が届くようになったことで、数十年ぶりに発芽・生育し、絶滅したと思われていた種が復活したという報告も各地でなされています。これは、掻い掘りが単なる清掃作業にとどまらず、池の環境をリセットし、潜在的な生物の力を引き出す役割を持つことを示しています。

掻い掘りは、近年、テレビ番組（例: テレビ東京の『緊急SOS!池の水ぜんぶ抜く大作戦』など）でも取り上げられ、一般の認知度も高まっています。大規模な例としては、渡良瀬遊水地の谷中湖での取り組みがあります。谷中湖では、1990年に完成して間もない頃、下流の浄水場で水道水のカビ臭が問題となりました。これは湖からの放流水に含まれる植物プランクトンや放線菌が原因と考えられました。この異臭問題を解決するため、2004年から毎年3月頃に湖面の約2割の水を抜いて干し上げる「干し上げ」が実施されています。これは谷中湖における大規模な掻い掘りと言え、異臭原因菌の死滅や堆積物の除去を目的としています。

このように、掻い掘りは農業用水の管理から、都市部の公園の池、さらには大規模な遊水地まで、様々な場所で水環境の保全と再生のために実施されている重要な手法なのです。生物多様性の維持といった観点からも、その価値が再認識されています。

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