政治家 (対話篇)

プラトンの後期対話篇『政治家』：理想の政治家像を求めて

プラトンの後期対話篇『政治家』（原題：Πολιτικός, Politicus）は、『ソピステス』に続く作品であり、副題は「王者の統治について」です。紀元前399年のアテナイの体育場を舞台に、老ソクラテス、キュレネ出身の数学者テオドロス、エレア派の哲学者（エレアからの客人）、そして若いソクラテスという4人が登場人物として登場します。

対話の展開

『ソピステス』での議論に続く形で、老ソクラテスはテオドロスに、エレアの客人との出会いを感謝します。テオドロスは、ソフィスト、政治家、哲学者という3者についての議論がまだ未完であることを指摘し、エレアの客人に続きを促します。

客人は、疲れたテアイテトスに代わって、彼の友人である若いソクラテスを新たな問答相手として提案します。老ソクラテスは、若いソクラテスとの議論を楽しみにしていたものの、今回は客人の議論に耳を傾けることに同意します。

「政治家」とは何か？：二分割法と類例による探求

客人は、ソフィストに続く「政治家」の定義を、「ある種の知識」を持つ者として探求を始めます。二分割法を用い、「生活行動に密着した知識」「生活行動に関わらない純粋な知識」「判定のみを下す知識」「命令を下す知識」「命令の伝達」「命令の最高決定」といった具合に、段階的に内容を絞り込んでいきます。しかし、単純に「人間を扱う集団飼育の知識・技術を持つ者」という定義では、「王者（政治家）」だけでなく、様々な職業が含まれてしまうため不十分であることが明らかになります。

宇宙論的神話と「王者の知識」

より精緻な議論を進めるために、客人は「宇宙の二時代」に関する神話を導入します。宇宙は、創造主によって統治される時代と放置される時代を繰り返しており、その変化に伴い、生物の生死や社会構造も変化するという物語です。この神話は、プラトンの他の作品、特に『ティマイオス』の宇宙生成論へと繋がる重要な要素となっています。

この神話を踏まえ、客人は「政治家」の知識・技術を「神の身としての牧養術」と「人間の身としての世話術」に分類し、さらに「強圧的に行われる世話」と「自発的に受容される世話」に分け、「自発的に受容される世話」を行う者が「王者/政治家」であると定義します。

「機織り術」という類例

客人は、さらに「機織り術」を類例として用い、「政治家の技術」を分析します。様々な物品を二分割法で分類し、「着物」の製造過程を詳細に検討することで、「政治家の技術」と「機織り術」の類似性を示します。

「測定術」と「弁証術」

議論の中で、「測定術」と「弁証術」の重要性が強調されます。「測定術」とは、事物を比較・評価する技術であり、「弁証術」とは、感覚されない実在を論じるための論理的思考方法です。客人は、真の種類に合致した分割を行うことの重要性を説き、弁証術の熟達を議論の目的とします。

国家と政体

客人は、「国家の所有物」を分類し、政治家の役割を明確化しようと試みます。様々な職種を検討した結果、政治家と競合し得るのは「召使い」のみだと結論付けます。

その後、客人は様々な政体（王政、僭主政、貴族政、寡頭政、民主政）を分析し、「国家国民の利益」を達成できる「王者の知識・技術」を持つ支配者による統治こそが唯一正当な政体であると主張します。法律は、この理想的な状態を模倣するための「次善の原則」として位置づけられます。

理想と現実：法治主義の限界と意義

客人は、理想的な「王者の統治」と現実の政治の乖離を指摘します。法律は不変で単純な公式であり、変化する現実に対応できないため、理想的な統治は不可能だと主張します。しかし、法律は「次善の原則」として、国家の混乱を防止する役割を果たしているとも認めています。

「ソフィスト」の排除と「王者の技術」

客人は、現実の政治に携わる多くの者を「ソフィスト」とみなします。彼らは真の知識を持たないまま、権力や私欲を追求する者たちであり、理想的な政治家とは異なる存在です。

最後に、客人は「王者」の「知識・技術」を「弁論術」「戦争術」「裁判術」といった従属的な技術と区別し、真の「王者」とは、「勇気」と「慎重」という相反する性質をバランスよく統合し、国民全体を幸福に導くことができる者であると結論付けます。この議論を通して、プラトンは理想的な政治家像だけでなく、現実政治の複雑さと限界についても深く考察していることが分かります。

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