散文の理論

ロシア・フォルマリズムを代表する古典的研究：ヴィクトル・シクロフスキー『散文の理論』

1925年、ロシアの文学研究者ヴィクトル・シクロフスキーによって発表された『散文の理論』は、ロシア・フォルマリズム理論を代表する古典的研究として、現在もなお文学研究に大きな影響を与え続けています。シクロフスキー自身、ロシア・フォルマリズムの中心人物であり、本書は彼の代表作として広く知られています。

本書では、芸術における「イメージ」の役割について、当時のロシア・アカデミーで主流だった見解を批判的に検討することで議論が始まります。シクロフスキーは、芸術の本質は新しいイメージを生み出すことではなく、既存のイメージをどのように配置し、再構成するかにあると主張します。文学においても同様で、イメージによる思考ではなく、イメージの喚起こそが重要であり、そのためには、直喩や誇張といった修辞的な手法が不可欠であると論じています。

特に注目すべきは、シクロフスキーが導入した「異化」という概念です。これは、読者の日常的な認識を意図的に揺さぶり、非日常的な体験を促すことで、芸術作品の本質を浮き彫りにするという考え方です。日常の平坦さを打破し、新鮮な驚きや気づきを与えること、それが芸術の重要な機能だとするのです。

シクロフスキーは、文学研究の対象は文学作品そのものではなく、その作品がもたらす「文学性」、すなわちこの「異化」の効果にあると主張します。単なる物語の面白さや感動だけでなく、作品が読者に与える独特の感覚、言語表現や構成上の工夫によって生み出される非日常的な体験こそが、文学研究の核心だと位置づけているのです。

本書に収録されている論文は、「手法としての芸術」、「短編小説と長編小説の構造」、「秘密をもった短編小説」、「秘密をもった長編小説」、「パロディの長編小説」など、多岐にわたります。これらの論文を通して、シクロフスキーは様々な散文作品を分析し、独自の文学理論を展開しています。それぞれの作品が持つ固有の構造や表現技法を詳細に検討することで、「異化」という概念を具体的に示し、文学作品を多角的に理解するための枠組みを提示しているのです。

『散文の理論』は、単なる文学批評にとどまらず、芸術の本質、そして文学研究のあり方そのものを問い直す挑戦的な一冊です。シクロフスキーの鋭い洞察と緻密な分析は、現代においても多くの読者に示唆を与え、文学研究の新たな地平を開拓し続けています。

書誌情報

シクロフスキー著『散文の理論』せりか書房、1971年
ツヴェタン・トドロフ編『文学理論　ロシア・フォルマリスト論集』理想社、1977年
* 新谷敬三郎・磯谷孝編『ロシア・フォルマリズム論集』現代思潮社、1971年

これらの書籍にも、シクロフスキーの論文が収録されており、本書と合わせて読むことで、ロシア・フォルマリズムの全体像をより深く理解することができます。

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