敦盛 (幸若舞)

敦盛（あつもり）

『敦盛』は、作者不詳の幸若舞の演目です。源平合戦の一場面、一ノ谷の戦いにおける平敦盛の悲劇的な最期を描いています。

あらすじ

元暦元年（寿永2年、1184年）、一ノ谷の戦いで平家軍は源氏軍に敗れ、総崩れとなります。平清盛の甥である平敦盛は、笛の名手としても知られていました。退却の際、愛用の漢竹の横笛（青葉の笛・小枝）を忘れたことに気づき、取りに戻ったため、退却船に乗り遅れてしまいます。

敦盛が必死に船を目指す中、源氏方の武将、熊谷直実が通りかかります。直実は、立派な甲冑を身につけた敦盛を見て、平家の有力武将と判断し、一騎打ちを挑みます。敦盛は応じようとしませんでしたが、直実は兵に矢を放つと威嚇します。多勢に無勢の中、敦盛はやむなく一騎打ちに応じますが、百戦錬磨の直敵うはずもなく、捕らえられてしまいます。

直実が首を討とうと敦盛を組み伏せた時、その顔を見て驚愕します。元服間もない若武者だったのです。名を尋ねると、数え年16歳の平敦盛だと判明します。直実には同じ16歳になる息子がおり、一ノ谷の戦いで討ち死にしていました。敦盛に息子の面影を重ね、討ち取ることをためらいます。

しかし、直実の躊躇を見て、源氏の武将たちが直実を疑い始めます。「次郎（直実）に二心あり」との声が上がり、直実は苦渋の決断を迫られます。やむを得ず、敦盛の首を討ち取りました。

一ノ谷の戦いは源氏方の勝利に終わりましたが、若き敦盛を討ったことは直実の心を深く苦しめます。戦後の論功行賞も思わしくなく、所領争いも不調に終わります。世の無常を感じた直実は出家を決意し、世を儚むようになりました。

史実

熊谷直実の父、直貞は坂東平氏の平盛方の子で私市姓熊谷家の養子になったという伝承があります。直実は源氏方の武将でありながら、平氏の血を引いていたことが、この物語に深みを与えています。

なお、直実の嫡男、直家の一ノ谷の戦いでの戦死は脚色です。実際には深手を負ったものの回復し、後に家督を継いで53歳で死去しています。

織田信長と『敦盛』

直実が出家して世を儚む中段後半の一節に、

人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり

一度生を享け、滅せぬもののあるべきか

という詞章があります。織田信長は、この太字部分を特に好んで演じたと伝えられています。

桶狭間の戦い前夜、信長は今川義元軍の尾張侵攻を聞いて出陣する際、まず『敦盛』のこの一節を謡い舞い、陣貝を吹かせた上で具足を着け、立ったまま湯漬を食したあと甲冑を着けて出陣したという逸話が『信長公記』に記されています。

この一節は、「人の世の50年は、下天（欲界の天）の最下の四大王衆天の一日に過ぎない。夢幻のようなものだ」という意味です。天界と比較することで、人の世の時の流れの儚さを表現しています。

現代における『敦盛』

福岡県みやま市瀬高町大江には、幸若舞保存会が、1787年（天明7年）ごろから伝わる口伝継承を保存しています。同会は、平家物語を題材とした42曲の台本のうち、『日本記』、『浜出』、『安宅』、『高舘』、『夜討曽我』など8曲について、節回しを再現してきました。

同会の演じる幸若舞は、毎年1月20日に大江天満神社の幸若舞堂にて奉納演舞され、1976年（昭和51年）に重要無形民俗文化財に指定されています。

『敦盛』の節回しについても、第27代幸若舞家元の江崎恒隆、第30代家元兼幸若舞保存会会長の松尾正巳らの手によって、2005年（平成17年）より大量の歴史資料検証による再現作業が重ねられ、2007年（平成19年）7月に復元が完了しました。2008年（平成20年）1月20日の大江天満神社奉納演舞で復元披露され、全国から問い合わせが寄せられました。

敦盛の動画は、地元のアマチュアカメラマンによって撮影された2009年（平成21年）の舞が、YouTubeで紹介されています。また、2009年2月には幸若舞保存会による公演が京都で行われ、『安宅』とともに上演されました。その記録はCD、DVDとして京都市立芸術大学の日本伝統音楽研究センターより刊行されています。

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