敵国降伏切手

敵国降伏切手：幻の切手が語る戦争の記憶

敵国降伏切手は、太平洋戦争末期の1945年（昭和20年）に発行された10銭普通切手の通称です。切手には、鎌倉時代の亀山上皇が筥崎宮に奉納した「敵国降伏」の宸筆を模写拡大した扁額が描かれています。この扁額は、小早川隆景が楼門を造営した際に作られたものです。別名として、勅額切手、勅額10銭切手などとも呼ばれています。

この切手は、戦争末期の混乱の中で、誤った色で印刷されたり、正式な発行公示前に販売されるという珍事が発生しました。そして、太平洋戦争の敗戦に伴い使用禁止となり、頒布用の一部を除き溶解処理されるという、数奇な運命をたどりました。

発行の経緯

太平洋戦争が勃発した1941年（昭和16年）の暮れ、逓信省は「時局郵便切手図案」を公募しました。その結果、三等一席に筥崎宮の「敵国降伏」勅額図案が選ばれました。

1945年4月1日に郵便料金の改正が行われ、第一種（書状）料金が10銭に値上げされることになりました。当時、10銭切手は大東亜共栄圏の地図を描いた二色刷り切手でしたが、物資不足により製造が困難になっていました。そこで、新たな10銭切手として敵国降伏切手が発行されることになったのです。

1945年2月から製造が開始され、印刷局から灰色（納戸鼠色）の見本が通信院に送られました。通信院は灰色を不可とし、水色（淡青色）での印刷を希望しましたが、通信院と印刷局との連絡不手際から、灰色のまま印刷されてしまいました。さらに、印刷原板と刷り上がった切手の一部が空襲で焼失したため、初刷りの一部だけが出回ることになりました。

本来、新発行の切手は公示を経た後に販売されるはずですが、戦争末期で官報や郵便公報の発行が遅れたり、郵便局に届かないなどの状況が発生していました。その結果、新切手を受け取った郵便局では公示済みと判断し、1945年4月中旬から下旬にかけて、愛知県・岐阜県・東京市の一部局で敵国降伏切手が販売されました。

当時の通信院は、同じ建物にある麻布郵便局が敵国降伏切手を販売していることすら把握していませんでした。しかし、5月18日になって事後的に5月1日付で新10銭切手を発行したことを告示したのです（通信院告示第208号）。

終戦とその後

1945年8月の終戦後、「敵国降伏」の文字が進駐軍を刺激することを恐れた逓信院は、進駐前に敵国降伏切手を廃棄処分することを決定しました。そして、8月24日に敵国降伏切手の発行中止・使用禁止を命令する電報を発信しました。販売済みの切手は他の切手と交換、既に郵便物に貼られた切手は剥ぎ取り、料金収納印を押すか料金収納の旨の表示をさせることとしました。

この命令は、終戦直後の混乱で必ずしも忠実に実施されませんでしたが、進駐軍の上陸前に敵国降伏切手は郵便局の窓口から姿を消しました。

しかし、進駐軍の将兵が敵国降伏切手を日本が降伏を記念して発行した切手と勘違いし、切手商から買い求める事態が発生しました。この情報は、アメリカ合衆国の切手カタログ発行会社であるスコット社にも伝わり、同社は灰色の敵国降伏切手の発行告示が見当たらないことから、正式に発行された切手かどうか逓信院に問い合わせてきました。

そこで逓信院は、12月20日に、灰色の10銭切手は4月1日付で発行していたとする「十銭郵便切手発行告示追加の件」（逓信院告示第280号）を出しました。

回収された敵国降伏切手は溶解処理されましたが、400シート4万枚が切手趣味の普及宣伝や通信販売を行っていた逓信省外郭団体の財団法人逓信協会日本郵便切手会に渡され、1946年6月に協会手持ちの「南京遷都四周年記念切手」と抱き合わせで頒布されました。

敵国降伏切手は発行中止となっていましたが、1946年（昭和21年）3月に靖国神社の鳥居を描いた1円普通切手が逓信省が発行を見合わせたにもかかわらず誤って発売されるという事件が起きました。これがGHQを刺激し、1946年5月13日にGHQから軍国主義や超国家主義、神道などの図案を禁止する指令「日本郵便切手及通貨ノ図案ニ就テノ禁止事項ニ関する件」が出されました。

その後も販売済みの軍国主義や神道図案の切手が使用されていたため、1947年（昭和22年）6月にGHQから問責を受けました。これを受けて逓信省は6月29日に全国の郵便局に電報で、問題のある切手（追放切手）の販売即時停止を指令。そして7月23日付で敵国降伏切手を含む追放切手を使用禁止とする省令（逓信省令第24号）を出しました。

切手収集の対象として

敵国降伏切手は、1945年の発行前後から切手愛好家の関心を集め、様々な趣味誌でニュースとなっていました。珍品として扱われ、1945年12月には額面10銭ながら切手の単片が60円、ペアが101円で落札されています。

2013年（平成25年）には、開運!なんでも鑑定団4月16日放送回に水色敵国降伏切手が貼られたエンタイアが出品され、200万円と鑑定されるほどの価値を持っています。

敵国降伏切手は、その歴史的背景と希少性から、現在でも多くの切手コレクターにとって魅力的な収集対象となっています。

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