文芸的な、余りに文芸的な

文芸的な、余りに文芸的な：芥川龍之介と谷崎潤一郎の激論

1927年（昭和2年）、文壇を揺るがす一大論争が勃発した。その舞台は雑誌『改造』、中心人物は芥川龍之介と谷崎潤一郎という、当時を代表する文豪二人である。論争のテーマは小説における「筋」の重要性、芸術性という、小説創作の根幹に関わる問題であった。

発端は、1927年2月に行われた『新潮』座談会での芥川の発言に遡る。芥川は谷崎潤一郎の作品、特に「日本に於けるクリップン事件」を例に挙げ、「筋の面白さが作品そのものの芸術的価値を高めるわけではない」と主張した。この発言が谷崎の反論を呼び込み、論争の火蓋が切って落とされたのである。

谷崎は『改造』誌上に連載していた「饒舌録」で、芥川の主張に反論。小説における「筋」の重要性を力説し、芥川への痛烈な反論を展開した。この反論を受け、芥川は『改造』4月号に「文芸的な、余りに文芸的な——併せて谷崎潤一郎君に答ふ」と題した文章を発表。これが、のちに『文芸的な、余りに文芸的な』として知られる評論集の始まりである。

この評論集において、芥川は自身の文学観、芸術観を展開するとともに、谷崎への反論を繰り返す。彼は「話らしい話のない」「最も純粋な」小説の理想像を提示し、海外ではジュール・ルナール、国内では志賀直哉をその好例として挙げている。この論争は『改造』誌上で続き、両者の激しい応酬は、昭和初期の文壇を賑わせた。谷崎の再反論、芥川の再反論と、論争は何度も繰り返され、互いに一歩も譲らなかった。しかし、同年7月、芥川の急死によって、この白熱した論争は幕を閉じたのである。

興味深いのは、この激しい論争を繰り広げた二人に、深い敵意はなかったという点である。むしろ、芥川と谷崎は親交が深く、東大系の同人誌『新思潮』で先輩後輩の関係にあった。論争の最中も、谷崎夫妻、佐藤春夫夫妻、芥川の5人で芝居に出かけるなど、私生活では親しい付き合いをしていた。

『文芸的な、余りに文芸的な』は、単なる論争記録ではない。二人の巨匠の文学観、芸術観がぶつかり合うことで、小説という芸術の本質、そして創作における「筋」の役割について、深く考えさせられる作品となっている。芥川龍之介の急逝という悲劇的な結末が、この論争にさらに強いドラマ性を付与していると言えるだろう。彼らの激しい論争と、意外な親交の両面を知ることで、昭和初期文壇の活気と、二人の複雑な人間関係をより深く理解することができるだろう。

現在でも、『文芸的な、余りに文芸的な』は青空文庫などで閲覧することができ、当時の文壇の状況や、二人の作家の思想に触れることができる貴重な資料となっている。この作品は、現代の作家や批評家にも多くの示唆を与え続け、小説論を語る上で欠かせない一冊と言えるだろう。

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