日本ジェットエンジン

日本ジェットエンジン株式会社（NJE）

日本ジェットエンジン株式会社（にっぽんジェットエンジン、略称：NJE）は、戦後日本の航空産業再建期において、国の主導により設立されたジェットエンジン開発メーカーです。

設立の背景

第二次世界大戦後、連合国軍総司令部（GHQ）による航空機製造の禁止が1952年に一部解除され、日本の企業は再び航空分野への参入が可能となりました。しかし、この頃、世界の航空技術はすでにレシプロエンジンからジェットエンジンへと急速に移行しており、日本はこの技術転換に大きく遅れをとっていました。戦中にも試作されたジェットエンジンはわずかに存在しましたが、本格的な開発・製造経験はほとんどありませんでした。

1954年に防衛庁と航空自衛隊が発足すると、アメリカ合衆国からジェット戦闘機F-86Fや練習機T-33Aなどが供与され、これらは1955年から新三菱重工業や川崎航空機といった国内企業によってライセンス生産が開始されます。これにより、日本の技術者たちは初めてジェットエンジンの構造や製造技術に本格的に触れる機会を得ました。

こうした状況を踏まえ、通商産業省（現経済産業省）は、日本独自の技術によるジェットエンジンの開発を目指しました。1952年の航空機製造法施行後、通産省はジェットエンジン試作研究への助成措置を公表し、企業の参加を募ります。

国産開発の試みとNJEの設立

この募集に応じた企業の一つである大宮富士工業（旧中島飛行機系）の技術者たちは、独自にジェットエンジンの開発を進め、1954年には戦後初の国産試作エンジン「JO-1」を完成させます。しかし、JO-1は十分な性能を発揮できず、実用化には至りませんでした。この経験から、ジェットエンジン開発には個社の努力だけでは限界があり、国や大企業の連携と強力な支援が不可欠であることが明らかになります。

そこで通産省の指導により、石川島播磨重工業、富士重工業、富士精密工業、新三菱重工業の主要4社が共同で出資し、1953年12月、資本金1億6千万円をもって日本ジェットエンジン株式会社（NJE）が設立されました。

NJEには最盛期に約180名の従業員が集まり、戦前の経験豊かな航空技術者たちが開発を主導しました。彼らは過去の官主導開発での苦い経験から、官庁からの天下りを拒否したと伝えられています。NJEはJO-1の研究を引き継ぐとともに、より大型の推力3トン級エンジン「J1」の計画も進めました。

開発の困難と方針転換

しかし、J1計画の実現には巨額（当時10億円規模）の開発資金が必要と見積もられましたが、通産省は大蔵省（現財務省）から必要な予算を引き出すことに失敗します。通産省は当初、国産開発を強く推進していましたが、欧米の進んだジェットエンジン技術水準を目の当たりにするにつれて次第に自信を失い、開発費のかからないライセンス生産に魅力を感じ始めていたのです。これは、世界の技術動向を十分に把握しないまま国産開発を急がせた結果とも言えます。

通産省の指導で設立され、国産開発を基本方針としていたNJEは、資金が得られない状況に通産省への不信感を募らせました。大型実用エンジンの開発は現実的ではなくなり、より小型のエンジン開発へと計画を後退せざるを得なくなります。

J3エンジンの開発と解散

そのような中、防衛庁が計画していた中等練習機（後のT-1）に搭載する国産小型ジェットエンジンの開発要求がNJEに寄せられました。日本初のジェット練習機であるT-1には、純国産エンジンが強く望まれていたのです。こうして1956年3月、NJEはT-1向けの試作エンジンXJ3（後のJ3）の開発契約を防衛庁と締結しました。

XJ3の開発は比較的順調に進み、同年6月には試作機が完成しますが、その後の試運転では多くの技術的な問題や故障が頻発し、実用化には約2年半を要しました。開発の遅れはT-1練習機の生産計画にも影響を与え、初期量産分への搭載は間に合いませんでした。

開発が難航する中、NJEは当初の4社に川崎航空機が加わった5社体制となっていましたが、1959年初頭、これらの企業の首脳によってNJEの今後について話し合いが持たれます。防衛庁はJ3の品質保証体制を強化するため、品質やコスト管理の責任を単独企業に一本化することを求めました。開発の長期化による費用高騰と少量生産という状況下では、J3の生産は参加企業にとって大きな赤字となることが明らかでした。

様々な議論の結果、最終的にJ3エンジンの製造権は石川島播磨重工業に集約されることとなり、他の4社は事実上、ジェットエンジン開発の第一線から撤退することを決めました。多大な時間とコストを費やしながらも、採算性の問題や技術的な困難から、それぞれの得意分野に注力する道を選んだのです。

開発を引き継いだ石川島播磨は改良を進め、1960年には量産先行型YJ3-3を完成させ、T-1への搭載試験を経て、1961年にJ3-3として制式採用されました。J3の量産体制が石川島播磨に移管されたことを受け、日本ジェットエンジン株式会社はその役割を終え、解散しました。

その後の展開

J3エンジンの生産数は、T-1練習機の配備数削減により最終的に計20基にとどまりましたが、石川島播磨はその後もJ3の改良を続け、海上自衛隊の対潜哨戒機P-2Jの補助エンジンとして採用されるなど、一定の成果を得ました。石川島播磨は積極的に海外企業の技術導入や共同開発に参加することで国内航空エンジン産業の中心となり、現在は国内シェアの大部分を占めるまでに成長しています。一方、NJE解散時に一旦撤退した三菱重工業や川崎重工業も後に航空エンジン分野に再び関わりますが、石川島播磨が築き上げた技術力との間に差が生じました。NJE設立を主導した富士重工業は、航空エンジン産業への本格的な再参入はしていません。

NJEが開発したJ3エンジンは、戦後日本の航空技術復興期における重要な一歩であり、その後の純国産エンジン開発の礎となりました。この系譜は、T-4練習機用のF3、そしてP-1哨戒機用のF7といったターボファンエンジンへと引き継がれており、これらの開発も主に石川島播磨が中心を担っています。

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