星へ行く船

『星へ行く船』シリーズ

『星へ行く船』（ほしへいくふね）は、気鋭のSF作家・新井素子によって生み出された、全5巻構成のSF小説シリーズです。本編に加え、前日譚にあたる番外編『星から来た船』（全3巻）や短編「αだより」も存在し、広がりを見せています。

刊行と展開の歩み

物語の始まりである第1話「星へ行く船」は、1980年に学習研究社の『高一コース』にて雑誌連載されました。翌年、第2話「雨の降る星 遠い夢」を加え、集英社文庫コバルトシリーズから単行本として刊行。以後、コバルト文庫の書き下ろし作品として続刊が重ねられ、1987年に本編全5巻が無事完結を迎えました。連載時の挿絵やコバルト文庫版の表紙は、竹宮惠子（当時は恵子）氏が手掛けています。

その後、シリーズは様々なメディアへと展開します。初期の物語は英訳されたほか、ラジオドラマ、カセット文庫（後にCD化）、そして漫画化もされました。特にラジオドラマでは、登場人物の一人である山崎太一郎の名前の由来となった声優の広川太一郎氏本人が、その役を演じるという一幕もありました。

2010年代に入ると、出版芸術社よりシリーズ全体の「新装・完全版」が企画され、一部表現の修正や新たな書き下ろし短編を加えて刊行が開始されました。本編全5巻は2017年に、番外編『星から来た船』全3巻も2019年に刊行を終え、完結版として読者に届けられています。この新装・完全版では、装画を大槻香奈氏が担当しています。

物語の舞台と登場人物

舞台となるのは、人類が宇宙空間で当たり前のように生活するようになった未来世界です。物語は、地球に暮らす19歳の少女、森村あゆみが家出同然に故郷を飛び出し、「星へ行く船」に乗り込むところから幕を開けます。

宇宙へと飛び出したあゆみは、火星にたどり着き、そこで「やっかいごとよろず引き受け業」を営む水沢総合事務所で働くことになります。この事務所の個性豊かな面々が、あゆみの新たな居場所となり、共に様々な事件に巻き込まれていく重要な存在となります。

水沢総合事務所の仲間たち

森村あゆみ: 本作の主人公。家出をきっかけに宇宙へ。火星で事務所の一員となり、数々の経験を通して成長します。物語後半には、他者の感情に同調する特殊な能力を持つことが判明し、その力との向き合い方に苦悩します。ある事件で左手が義手となります。
山崎太一郎: 事務所のエースであり、水沢所長の実弟。優れた能力を持ちますが、ファッションセンスは独特。幼少期の経験から年上の家族に複雑な感情を抱えています。
水沢良行: 水沢総合事務所の所長。太一郎の実兄で、彼に特別な愛情を注ぎます。チェスの火星チャンピオンでもあり、後に麻子と結婚します。
水沢（旧姓：田崎）麻子: 事務所の事務担当。武道の心得があり、所員一人ひとりに合わせたお茶を淹れるのが得意。所長と結ばれた後は、持ち前の行動力で周囲を巻き込むことも。
熊谷正浩: 事務所の最年長者で、通称「熊さん」。元は企業勤めでしたが、事務所の一員に。武道も得意ですが、説教好きとして知られています。
中谷広明: あゆみと同期の所員。情報収集に長けており、必要な情報を迅速に入手します。あゆみに密かに想いを寄せていますが、本人以外には明らかです。
* バタカップ: あゆみの飼い猫である白いメス猫。事務所の非常勤職員でもあり、その気の強さで事件解決に貢献することも。惑星αではペットたちのリーダー格に。

物語の軌跡

シリーズは、あゆみが初めて乗る宇宙船での事件（1巻「星へ行く船」）から始まり、火星での初仕事（1巻「雨の降る星 遠い夢」）、事務所全体、ひいては全人類を巻き込む大規模な事件（2巻「通りすがりのレイディ」）へと展開していきます。所長夫妻の新婚旅行中の騒動（3巻「カレンダー・ガール」）を経て、物語はあゆみの持つ特殊能力とそれを取り巻く因縁（4巻「逆恨みのネメシス」、5巻「そして、星へ行く船」）へと焦点を移し、彼女自身の葛藤と成長、そして能力との向き合い方を深く描いてシリーズは完結を迎えます。終盤、あゆみは生態系も思考形態も異なる異星人とのコンタクトのため、惑星αへと向かいます。

また、物語には水沢事務所の面々以外にも、太一郎の元妻で「通りすがりのレイディ」事件の中心人物となる木谷真樹子や、その夫で予知能力を持つ木谷信明、あゆみの家出に関わる兄の森村拓、そして事件を通してあゆみと関わることになる殺し屋の村田や安川親子など、印象的な人物が登場し、物語に深みを与えています。

『星へ行く船』シリーズは、SF的な壮大なスケールの中で、一人の少女の成長、個性的な仲間たちとの絆、そして超能力というテーマを通して、人間関係や自己受容といった普遍的な問いを描き出す作品と言えるでしょう。

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