星菫派

星菫派（せいきんは）とは、日本の近代文学において、特定の文学傾向を持つ詩人や歌人、およびその作品群を指す言葉です。この名称は、彼らの詩歌がしばしば星やすみれといった可憐な自然のモチーフを取り上げ、それを媒介として個人的な恋愛感情や繊細な感傷を表現したことに由来しています。その作風は、ロマン主義文学の特徴である内面世界や情熱、想像力の重視を色濃く反映しており、甘美で情緒的な世界観を構築することを試みました。

この言葉で一般的に指される文学者たちの活動が最も活発であったのは、20世紀の始まり頃、すなわち明治時代後期です。特に、歌人の与謝野鉄幹と、その妻であり自身も著名な歌人である与謝野晶子によって主宰された文芸雑誌『明星』の周辺に集まった人々が、星菫派の中心と見なされています。『明星』は当時の日本において浪漫主義文学の重要な拠点となり、多くの若い詩人や歌人がここで個性的かつ情熱的な作品を発表しました。彼らの作品は、客観的な描写や社会問題を重視する当時の自然主義文学の潮流とは一線を画し、個人の内面的な心情や美意識を追求する姿勢を打ち出しました。彼らの描く世界は、しばしば理想化された美や、現実から遊離したような耽美的な傾向を持つものでした。

しかし、「星菫派」という言葉は、必ずしも肯定的な賞賛としてのみ用いられたわけではありません。その作風が、過度に甘く感傷的であり、現実社会の厳しい側面や人間の本質的な苦悩から目を背けている、あるいは深みに欠ける表層的な感情表現に終始していると見なされた際には、批判や揶揄のニュアンスを込めて使用されることもありました。つまり、感傷的で耽美的な作品しか生み出せないと見なされる詩人やその傾向を指して、皮肉を込めて「星菫派」と呼ぶような使われ方も存在したのです。

「星菫派」という言葉は、時代を下り、第二次世界大戦後の日本文学史においても重要な文脈で登場します。終戦直後の1946年、評論家の加藤周一は、中村真一郎、福永武彦との共著『1946・文学的考察』に収められた自身の文章「新しき星菫派について」の中で、戦時中に青年期を過ごした若手文学者たちの傾向を批判するためにこの言葉を用いました。加藤は、これらの若い作家たちが、戦争の悲惨な体験や戦後の社会的な混乱といった厳しい現実から目を逸らし、もっぱら個人的な感情や内面世界に閉じこもっている点を指摘し、彼らを「新しき星菫派」と名指しで批判したのです。

この加藤の批判は、当時の文学界に大きな波紋を投げかけ、活発な論争を引き起こしました。この論争は、敗戦という未曽有の経験を経て、日本の文学が過去の浪漫主義的な傾向や個人的な感傷に留まるべきか、それとも現実と真摯に向き合い、社会的な視点を取り入れた新たな文学、すなわちリアリズムを確立すべきかという、戦後文学の方向性を巡る重要な問いを提起しました。

加藤周一によって「新しき星菫派」と呼ばれた若手文学者たちの多くは、その後の日本文学史において、第一次戦後派と呼ばれる主要な作家群を形成していくことになります。この事実は、「星菫派」という言葉が、単なる歴史的な文学傾向の分類にとどまらず、特定の時代の文学のあり方や、世代間の価値観、さらには社会と文学の関係性を論じる上でも、批評的な概念として用いられてきたことを物語っています。したがって、「星菫派」は、甘美な浪漫主義の一側面を指すと同時に、文学作品の深みや社会性に関する批判的な視点、そして戦後文学の出発点における重要な論争とも深く結びついた、多義的な言葉であると言えるでしょう。

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