昭南憲兵隊

昭南憲兵隊は、1945年初頭にシンガポールで編成された憲兵隊です。その前身は、1941年8月に編成されマレー作戦を督戦した第2野戦憲兵隊、1942年2月の日本軍によるシンガポール占領後に治安維持にあたった第25軍憲兵隊、華僑粛清のため編成された昭南警備隊、そして1942年5月以降に軍政監部警務部で活動した憲兵隊です。この記事では、これらの各隊について詳しく解説します。

第2野戦憲兵隊

編成と着任

1941年8月、大阪の第23部隊で第2野戦憲兵隊（隊長：大石正幸中佐）が編成されました。同月、広島・宇品から大連へ渡り、新京で訓練を受けながら待機しました。9月中旬からは、下士官以下の約半数が関東憲兵隊の警務応援のためハルピン、奉天、新京などで勤務し、11月中旬に新京へ再集結しました。

12月9日、第2野戦憲兵隊は第25軍の戦闘序列に編入され、14日に新京を出発、大連港から出航しました。澎湖諸島・馬公港を経て、1942年1月14日に南タイ・シンゴラに上陸、翌15日にハジャイへ前進しました。

1月16日、ハジャイで中隊は大石隊長によって6個分隊に分けられ、それぞれ以下の任務を与えられました。

大石隊長以下主力：クアラルンプールへ向かう第25軍に従軍
合志隊（隊長：合志幸祐中尉）：第5師団に従軍
大西隊（隊長：大西覚中尉）：近衛師団に従軍
東川隊（隊長：東川好信大尉）：シンゴラ、ハジャイ、ペナン島以北で憲兵業務
残余各隊：第25軍主力を追走

マレー作戦中の活動

第5師団に従軍した大西隊の隊長、大西覚中尉は、従軍中の憲兵隊の活動について以下のように記録しています。

1942年1月16日：クアラルンプールで、華僑が敵機を誘導している疑いがあるとして捜査。
1月18日：占領直後のムアルで、地図、英軍の残したガソリン、兵器、弾薬、車両、軍糧を捜索、インド人投降兵を藤原機関に引き渡し。
センガラン付近で、糧秣監視の兵士による中国系住民女性への強姦事件を捜査。
1月24日：センガランから、ジョホール州のスルタンと親交のあるマレー人をシンガポールへ潜行させ、敵情を偵察。

大西は、憲兵の活動には言葉の壁があったため、ムアルで日本語話者を3名探し、シンガポールまで同行させたものの、もっと通訳が必要だったと述べています。

憲兵隊の集結

1942年2月10日、シンガポール島に入った第25軍司令部は、第2野戦憲兵隊に各師団配属を解き、集結を命じました。2月13日には、一部補助憲兵が憲兵隊に配属され、戦闘地域が割り当てられました。この時、軍司令部はシンガポール占領後の華僑粛清を予期していたと見られています。命令を受けて、大石隊長は分隊を以下のように再編成しました。

左翼隊（横田隊、隊長：横田昌隆中佐）
水野隊（隊長：水野銈治少佐）
合志隊（隊長：合志幸祐中尉）
大西隊（隊長：大西覚中尉）
右翼隊（城隊、隊長：城朝龍少佐）
上園隊（隊長：上園美治大尉）
久松隊（隊長：久松晴治中尉）

左翼隊は13日、右翼隊は14日にブキテマ三叉路付近に進出しましたが、英軍の砲撃を受けて退避、その後、マンダイ山付近で敗残兵や敵性分子の捜索を行いました。

第25軍憲兵隊

シンガポール市内警備地区割当

1942年2月15日、英軍が降伏すると、同日夜、第2野戦憲兵隊の大石隊長は各分隊長を招集し、シンガポール市内の警備地区を割り当てました。これが第25軍憲兵隊の始まりです。警備地区の割り当ては以下の通りです。

左翼隊（横田隊）：シンガポール川以東を水野隊、合志隊、大西隊で3分割
右翼隊（城隊）：同川以西を上園隊、久松隊で2分割

憲兵隊本部はフォートカニングの英軍要塞司令部跡に設置されました。軍人軍属の非行防止のため、市内には憲兵以外の軍人軍属の立ち入りが禁止されましたが、兵力不足のため完全には実施できませんでした。市内では住民による略奪は概ね防止されましたが、郊外のイギリス人居住区では物資の略奪が発生しました。入市後数日は降伏兵の集結、火災などにより治安が悪かったものの、補助憲兵の増援により、2、3日後には治安は回復しました。

華僑粛清命令と昭南警備隊編成

1942年2月18日、第25軍司令部はマレー半島とシンガポール島内の反日華僑の粛清命令を出しました。シンガポール島を除くマレー半島は第5師団、シンガポール市郊外は近衛師団、市内は第5師団第9旅団長の河村参郎少将を司令官とする昭南警備隊が担当することになりました。昭南警備隊は、第25軍憲兵隊の憲兵約200名、第9旅団の歩兵を前身とする補助憲兵2個大隊、戦車・装甲車隊各1個隊で編成されました。

2月19日から20日にかけて、中国系住民を広場に集合させ、21日から23日にかけて検問を実施、23日に軍司令部からの「厳重処分」命令を受け、チャンギー路付近やブランカンマテ島などで補助憲兵が被選別者を殺害しました。

第1次粛清終了後の編成

第1次粛清後、大石隊長は横田昌隆中佐以下をスマトラ作戦の憲兵要員として控えさせ、シンガポール島の憲兵配置を以下のように変更しました。

昭南東分隊（水野銈治少佐）：シンガポール川以東、旧YMCAを拠点
昭南西分隊（上園美治大尉）：同川以西、後に水上分隊。タンジョン・パガーの聖アンドリュース児童病院を拠点とし、海上交通管制と情報収集を担当。
特別警察隊（特警隊、大西覚中尉以下憲兵50名）：マレー・シンガポール全域の共産党対策と防諜を担当。1942年3月中旬にオクスレイ・ライズへ移動。

軍政監部警務部

1942年5月初旬、軍政監部がシンガポールに設立されると、憲兵は軍政監部警務部に所属し、現地警察を指導して治安維持や住民の宣撫工作にあたりました。

歴代の警務部長は以下の通りです。

初代：大谷敬二郎憲兵中佐
第2代：磯部幸助憲兵大佐
第3代：西島剛歩兵大佐

昭南憲兵隊

1944年12月初旬、南方軍は南西方面の戦況悪化に対応するため、シンガポールを中核とする戦備強化のため、昭南防衛司令部（司令官：田坂専一中将）を設置しました。これに伴い、シンガポール駐留の憲兵によって昭南憲兵隊が設置され、前特別警察隊長の大西覚が隊長代理となりました。

1945年1月24日、軍令により昭南憲兵隊（隊長：中村数雄少佐）が正式に編成され、シンガポール島の他、マレー半島のジョホール州、ビンタン島などを管轄しました。

この際、特別警察隊はペラ州タパーへ移動し「本部第1別班」と改称、スパイ関係を担当しました。下村友平曹長は「第29軍憲兵隊昭南連絡所」としてシンガポールに残留し、山口阿久利少尉以下数名が昭南憲兵隊に転出しました。

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