普賢 (小説)

書籍『普賢』の概要

『普賢』（ふげん）は、日本の作家石川淳が1936年に発表した高踏的観念小説であり、当年の第四回芥川賞を受賞した作品です。その特徴は、理想と現実の対比が巧みに描かれ、主人公の葛藤を通じて人間の内面的な弱さを浮き彫りにしています。

書籍の背景

この作品は、雑誌『作品』の昭和11年6月号から9月号にかけて連載され、その後単行本として出版されました。物語は、主人公が大作としてジャンヌ・ダルクを題材にした作品を書くことを目指し、周囲のさまざまな人々との交流を通じて進展していきます。主人公は理念的な世界に憧れながらも、実生活では堕落と闘っている若者たちの中に身を置くことで、自己の意識や社会の現実を見つめ直していきます。

あらすじ

物語は、ある事情により一家が破産した「私」が、貧困に生きる様を描くところから始まります。彼はかつての知り合いである政治評論家・坂上青軒の運営する雑誌「政論」に関与し、ライターとしての存在を確立しようと奮闘します。中心的なテーマは、中世フランスの女流詩人クリスティヌ・ド・ピザンを讃える作品の執筆に向かう「私」の視点から繰り広げられる人間たちの生活や苦悩です。

「私」は、一晩の宿泊を通じて、酒に溺れる庵文蔵、モルヒネ中毒の妻を持つ田部彦介、骨董商の寺尾甚作など、多様な人物と出会うことで彼らの困難や悲劇を目の当たりにします。特に、庵文蔵の妹ユカリが非合法運動にかかわり、恋人と共に家出するエピソードや、田部の妻お組が麻薬に苦しむ中で命を落とすシーンは、作品全体に暗い影を落としています。

物語は、現実の厳しさを冷静に見つめながら、「私」が普賢菩薩の示現を願う場面でクライマックスに至ります。しかし、この象徴的な願いも虚しく、彼の周囲には次々と悲劇が訪れます。お組の突然の急死、文蔵の妹ユカリの逮捕、そしてモルヒネの小瓶が転がる光景は、絶望の中にある人々の姿を物語ります。

主な登場人物

• - 私: 一家破産し、ペンを武器に貧困を生きる若者。理想を追い求めながら自身の苦悩を抱える。
• - 垂井茂市: 以前は喜劇団の役者だったが、後に無尽会社に転職。甚作の愛人お綱と関係を持つ。
• - 庵文蔵: 美貌の男で、仲間と共に大学を中退。健康を害し、過去の栄光と対峙する。
• - ユカリ: 文蔵の妹で、非合法運動の青年と逃避行に出る。
• - 田部彦介: 鳥屋を営む男。妻の麻薬中毒と自らの経済的な窮地に苦しむ。
• - お組: 元芸者であり、モルヒネに依存して生活が困難な状態。
• - 寺尾甚作: 骨董商で、家庭内の不和に悩む。
• - 葛原安子: 田部の知り合いで新たな宿の主人。厳しい現実に直面する。

まとめ

『普賢』は、理想と現実に挟まれながらも、それぞれの困難と向き合う若者たちの物語を通じて、深い感情と社会の厳しい真実を描いています。人間の弱さと希望、そして夢の扱いについて考えさせられる作品です。

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