最後の言葉

『最後の言葉』：ゴダールが描く記憶の断片

ジャン＝リュック・ゴダール監督による1988年の短編映画『最後の言葉』（原題：Le dernier mot）は、歴史の影と人間の記憶の儚さを繊細に描いた作品です。この作品は、フランスの雑誌『ル・フィガロ・マガジーヌ』創刊10周年記念として制作されたオムニバス映画『パリ・ストーリー』（Les français vus par）の一編として企画されました。ヴェルナー・ヘルツォーク、デヴィッド・リンチといった錚々たる監督たちと並んで、ゴダール監督の作品が選ばれたことは、その卓越した芸術性を示しています。

舞台は、パリ西郊外のモン＝ヴァレリアン。第二次世界大戦下、ナチス・ドイツによるフランス占領の悲劇が起きた地です。映画は、この地を背景に、セーヌ川沿いの家を訪れた一人の男（ハンス・ツィシュラー）と、そこに住むヴァイオリニスト（ピエール・アモイヤル）の出会いを描きます。二人は静かに言葉を交わし、川辺を散策しながら、過去にそこで起きたドイツ軍将校によるフランス民間人虐殺事件を想起します。

ゴダールの映像は、静謐で、時に詩情豊かです。過去の惨劇の痕跡は直接的には描かれず、二人の会話や、セーヌ川の流れる風景、そして俳優たちの表情を通して、観る者に歴史の重みと、その記憶が現在に及ぼす影響を静かに問いかけます。この手法は、ゴダール監督独特の、言葉と映像の複雑な絡み合いを象徴しています。

キャストには、著名なヴァイオリニストであるピエール・アモイヤルや、初期ヴィム・ヴェンダース作品で知られる俳優ハンス・ツィシュラーなどが出演。彼らの演技は、抑制された情感を湛え、物語に深みを与えています。音楽もまた、重要な要素であり、ピエール・アモイヤルのヴァイオリンの音色が、物語の情感をさらに増幅させ、静寂の中に潜む緊張感を際立たせています。

『最後の言葉』は、単なる戦争映画ではありません。それは、歴史と記憶、そして人間の存在そのものについて問いかける、深く思索的な作品です。ゴダール監督は、派手な演出や暴力的な描写を避け、静かな語り口で、しかし、強いメッセージを伝えています。観る者には、過去の出来事をただ観るだけでなく、歴史の重み、そしてそれをどう受け止め、どのように未来に繋げていくのかを自問自答する機会を与えてくれます。

本作は、ヴァランタン・フェルドマンに捧げられており、フェルドマンの『Journal de guerre, 1940-1941』は、この映画の背景を理解する上で重要な文献となっています。また、日本では『パリ・ストーリー』の一部として1993年にVHSとLDでリリースされましたが、DVD化はされていません。この貴重な短編映画は、ゴダール監督のフィルモグラフィーの中でも特筆すべき作品であり、彼の多様な才能の一端を垣間見ることができるでしょう。

この映画は、ゴダール監督のキャリア全体を理解する上での重要なピースであり、彼の後期の作品に見られる歴史への関心や、記憶と現実の曖昧な境界線への探求を象徴する作品と言えます。その静謐な美しさ、そして深い思索性を兼ね備えた『最後の言葉』は、観る者に忘れがたい印象を残すことでしょう。

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