ピエール・アモイヤル

ピエール・アモイヤルは、1949年 6月22日にフランスの首都パリで生まれた、ユダヤ系フランス人のヴァイオリニストです。フランク、サン＝サーンス、フォーレといったフランスの作曲家による作品や、ベルクやシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲における深い解釈と卓越した演奏で広く知られています。

彼の音楽キャリアは早くから頭角を現しました。1961年、わずか12歳という若さで、パリ音楽院を一等賞（プルミエ・プリ）を得て卒業。これは当時の音楽院史上最年少の記録でした。その後、彼はロサンゼルスに渡り、ヴァイオリン界の巨匠ヤッシャ・ハイフェッツのもとで実に5年間にわたり研鑽を積みます。すでにパリ音楽院で最高位を獲得するほどの技量を持ち合わせていたにもかかわらず、最初の1年間は徹底的な音階練習のみに時間を費やしたというエピソードは、ハイフェッツが基礎技術の確立をいかに重視していたかを物語っています。ハイフェッツは数多くの弟子を持つ中でも、アモイヤルの才能と技術に最も深い信頼を寄せたとされ、実際に彼を唯一の弟子として室内楽コンサートや録音で共演しています。アモイヤルが師のもとを離れ、音楽家として独立するにあたり、ハイフェッツは自身でギュスターヴ・ヴィヨーム製作の銘器を購入し、愛弟子に贈るという惜しみない支援を行いました。

アモイヤルの演奏スタイルは、師ハイフェッツから受け継いだ力強くも美しい音色と、難易度の高い速いパッセージを正確かつ端正に奏でる技術に加え、フランコ・ベルギー派の伝統に連なる豊かなヴィブラートが特徴です。また、音の伸びや音色の変化を巧みに利用した独特のテンポ・ルバートも、彼の音楽表現を個性的なものとしています。

国際的な舞台への第一歩は、22歳の時に訪れました。ゲオルク・ショルティ指揮パリ管弦楽団のソリストとしてオーディションに合格し、ヨーロッパでの鮮烈なデビューを飾ったのです。以降、ヨーロッパはもとより、アメリカ、カナダ、メキシコ、南アメリカ、極東など、世界中の主要都市で精力的にコンサート活動を展開しました。特に、シェーンベルク、ベルク、そしてデュティユーといった近現代のヴァイオリン協奏曲の演奏は高く評価され、彼の名を不動のものとしました。これまでに共演した指揮者は枚挙にいとまがありません。ヘルベルト・フォン・カラヤン、小澤征爾、ピエール・ブーレーズ、ロリン・マゼール、ゲオルク・ショルティ、ジョルジュ・プレートル、クルト・ザンデルリング、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー、サイモン・ラトル、チョン・ミョンフン、シャルル・デュトワなど、世界の音楽シーンを牽引する巨匠たちとの共演歴は、彼のヴァイオリニストとしての地位を物語っています。また、室内楽においても、パスカル・ロジェ、ミシェル・ベロフ、アレクシス・ワイセンベルク、マルタ・アルゲリッチといった優れたピアニストたちと共演を重ね、深い音楽的対話を生み出しています。

ハイフェッツとの間には、複雑なエピソードも存在します。ユダヤ系であったハイフェッツは、元ナチ党員であったカラヤンを許すことができず、アモイヤルにカラヤンとの共演を固く禁じていました。しかし、アモイヤルとカラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との共演は、本人の想像を超える成功を収め、その事実がハイフェッツに知られることとなります。これにより、ハイフェッツとの関係は彼が亡くなるまで断絶してしまったといいます。

長年にわたる盟友であるピアニストのパスカル・ロジェとの出会いは、まだ彼らが若かった頃、大西洋を横断する豪華客船でのコンサートでした。当初、ロジェの名前しか知らなかったアモイヤルは、共演ピアニストを当時よく共演していたダリア・ホヴァラに替えて欲しいと申し出ましたが、この話を聞いたロジェ本人が、尊敬するハイフェッツの一番弟子であるアモイヤルとぜひ共演したいと熱心に掛け合ったことから実現したものです。彼らはその後数十年にわたり、室内楽におけるかけがえのないパートナーとなり、さらにパリ音楽院でも同僚として教鞭をとることになります。デッカ・レーベルがロジェの結婚祝いとして企画したブラームスのヴァイオリンソナタ全集の録音も、彼らの揺るぎない絆を示す共演によって実現しました。ロジェの他、ピアニストのミシェル・ベロフとも親交が深く、ヴァイオリニストではオーギュスタン・デュメイとは互いに代役を務めるほどの親密な関係にあります。

教育活動においても、アモイヤルは顕著な功績を残しています。28歳という史上最年少でパリ音楽院の教授に就任し、長らく後進の指導にあたりました。現在はスイスのローザンヌ音楽院で教授を務める傍ら、夏期にはローザンヌ音楽アカデミーにおいて、ヴァイオリンとピアノのレパートリーに焦点を当てたマスタークラスを主宰し、世界中から集まる若い才能を育てています。また、ローザンヌ音楽院の学生たちと共に「カメラータ・デ・ローザンヌ」を結成し、すでに録音作品も発表しています。日本においても、群馬県草津温泉で開催される草津夏期国際音楽アカデミー＆フェスティヴァルで、2002年と2003年に教授として招かれ、日本の若い音楽家たちにも指導を行いました。さらに、ベルギーのエリザベート王妃国際音楽コンクールをはじめとする、数多くの著名な国際コンクールの審査員としても活躍しています。

アモイヤルが愛用する楽器は、1717年にアントニオ・ストラディヴァリが製作した「コハンスキー」と呼ばれるヴァイオリンとして知られています。この楽器は、ポーランド出身のヴァイオリニスト、パウル・コハンスキーがかつて所有していたものです。1987年にイタリアで盗難に遭うという衝撃的なアクシデントに見舞われましたが、幸いにも1991年には無事アモイヤルのもとへ戻りました。盗難から奪還までの間、彼は友人でもあったクリスチャン・フェラスが使用していたもう一つのストラディヴァリウス、「ミラノーロ」を使用しており、「コハンスキー」奪還後に「ミラノーロ」を売却しています。使用する弓は、19世紀前半にペッカートによって製作された、トゥルトのスタイルを踏襲した名品です。

録音活動においても、アモイヤルは多様な作品を残しています。キャリア初期にはエラート・レーベルに多くの録音を制作しましたが、「コハンスキー」の盗難のため一時録音活動を休止せざるを得ませんでした。楽器奪還後、前述のロジェとのブラームス録音以降は、友人であるロジェやデュトワと共演し、デッカ・レーベルに複数の録音を制作しました。また、ハルモニア・ムンディ・レーベルからは、ピアニストのフレデリック・チュウとの共演によるディスクを発表しています。EMIなど、他のレーベルからも録音をリリースしています。近年ではカメラータ・デ・ローザンヌとの録音作品があり、カメラータ東京よりリリースされています。

2004年には、フランスの出版社ロベール・ラフォンから、『Pour l'amour d'un Stradivarius』（ストラディヴァリウスへの愛ゆえに）と題する書籍を出版しました。この著書は、師であるハイフェッツとの思い出や、愛器であるストラディヴァリウスとの関わりについて綴られたエッセイ集となっています。

余談ながら、彼の祖父はパリで著名なパティシエであり、当時のフランス大統領フランソワ・ミッテランが贔屓にしていたことでも知られているそうです。

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