最後通牒ゲーム

最後通牒ゲームとは

最後通牒ゲーム（Ultimatum game）は、実験経済学を始めとする様々な分野で広く用いられる、意思決定に関する著名なゲーム形式です。このゲームは、純粋な経済合理性のみならず、人間が持つ不公平感に対する嫌悪や感情的な要因が、利害に関わる状況での行動にどのように影響するかを研究するために設計されています。

この実験は、心理学、社会学、神経科学など、経済学以外の分野でも盛んに実施されており、「人間を対象とした実験の中で最も頻繁に行われるものの一つ」と位置づけられています。

ゲームのルール

最後通牒ゲームは、以下のシンプルなルールに基づいています。

1. 二人の参加者が、「提案者」と「応答者」に分けられます。
2. 提案者は、与えられた一定額の報酬を、自分と応答者でどのように分け合うかの提案を行います。
3. 応答者は、提案された分け方を受け入れるか、それとも拒否するかを決定します。
受け入れる場合: 提案通りの金額が、それぞれのプレイヤーに支払われます。
拒否した場合: 両者ともに報酬を一切受け取ることはできません。
4. ゲームに参加する二人のプレイヤーは互いに面識がなく、ゲーム中はもちろん、実験終了後も接触することはありません。

ゲーム理論による予測

伝統的なゲーム理論、特にナッシュ均衡の考え方に基づけば、合理的なプレイヤーは自己の利益を最大化するように行動すると予測されます。この理論に従うならば、応答者はたとえわずかな金額であっても、ゼロよりは良いと考えてどんな提案でも受け入れるべきです。なぜなら、拒否した場合、応答者は何も得られないからです。

一方、提案者は、応答者がどんな少額でも受け入れると予測し、自己の取り分を最大化する提案を出すのが合理的となります。例えば、1000円を分ける場合、提案者は応答者に最低額（例えば1円）を提示し、残りの大部分（999円）を自分が得るという提案が、ゲーム理論上の最適解となります。

実際の実験結果

しかし、世界中で繰り返し実施されている最後通牒ゲームの実験では、ゲーム理論による予測が標準的に成立する例はほとんど見られません。

実験における提案者の提示は、大きく二つのパターンに分けられます。一つは、報酬をほぼ折半する「公平な提案」（例えば1000円なら500円ずつ）です。もう一つは、「不公平な提案」と呼ばれ、応答者への分配額を比較的少なく提示するものです（例えば提案者800円、応答者200円）。公平な提案は多くの応答者に受け入れられますが、不公平な提案の場合、応答者はたとえ自分がいくらかの報酬を得られる状況であっても、それを拒否することが頻繁に観察されます。

特に注目すべきは、応答者が極端に少ない報酬を提示された場合に、それを拒否する行動です。自らの取り分をゼロにしてでも、不公平な提案をした相手に報酬を与えないことを選択するこの行動は、単なる経済合理性では説明がつきません。実験では、ごく少額の提案でも喜んで受け入れたのは、社会的な規範や公正さの概念が発達途上である6歳以下の子どものみでした。多くの成人は、わずかな利益を得るよりも、不公平な振る舞いをした相手を「罰する」ことを優先するのです。

この、自らの利益を犠牲にして相手を罰するという行動は、多くの文化圏で見られる普遍的な傾向とされています。この行動の根源にある感情の一つとして、「怒り」が指摘されています。実験後のアンケートやインタビューでは、不公平な提案を拒否した応答者の多くが、提案者の強欲さに対する怒りや、不公平な相手に制裁を加えたいという強い感情を表明しています。

また、ここでいう「不公平さ」は、客観的な基準だけでなく、応答者の主観的な感覚に強く依存します。不公平な提案を受けた際の強い怒りや嫌悪といった感情は、脳科学的な研究でも裏付けられています。最後通牒ゲーム中に被験者の脳活動を測定した研究では、不公平な提案を受けた際に、怒りや嫌悪などのネガティブな感情との関連が指摘されている島皮質前部が活性化することが報告されています。

結論

最後通牒ゲームは、人間が単なる経済的な利得の追求だけでなく、公平性への配慮、感情（特に怒り）、そして他者を罰するという社会的選好に基づいて意思決定を行うことを示す強力な証拠を提供しています。このゲームの結果は、人間行動の複雑さを理解する上で非常に重要な示唆を与えており、経済学のモデル構築や、より広範な社会科学における人間理解に貢献しています。

関連する実験としては、応答者の拒否が提案者の利益に影響を与えない「一方的最後通告ゲーム」などがあり、最後通牒ゲームとの比較研究から、人間の社会的な意思決定メカニズムについてさらに深い洞察が得られています。

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