木々康子

木々康子は1929年、三重県津市に生まれました。東京女子大学で歴史と哲学を学び、日本の近代文学に飽き足らず、「日本の近代とは何か」というテーマを追求し、幕末から現代までを緻密な長編小説で描いています。

彼女の作品は、特に近代化の初期段階にあった日本の知識人たちが、祖国との乖離に苦しみ、葛藤する姿に焦点を当てています。明治期にパリで美術商を営んだ義祖父、林忠正に関する研究は、彼女のライフワークの一つであり、複数の評伝や資料解説を執筆し、林忠正研究の第一人者としての地位を確立しました。また、義曾祖父にあたるフランス法学者、磯部四郎の生涯も掘り起こし、その功績を世に知らしめました。

代表作として、『蒼龍の系譜』では、幕末から明治初期の激動の時代を、越中高岡の蘭方医、長崎家の四代にわたる家系を通して描いています。蘭学、国学、尊王攘夷論、開国倒幕論、キリシタン弾圧、廃仏毀釈など、幕末期の様々な思想に翻弄される人々の姿を克明に描き出し、維新を成し遂げた下級武士や豪商農の知識層の苦悩と葛藤を描いています。

『陽が昇るとき』は、『蒼龍の系譜』の続編にあたり、長崎家の血を引く二人の孫、磯部四郎と林忠正がパリで再会する場面から物語が展開されます。磯部四郎はフランスで法律を学び、帰国後、新国家の法制度の確立に尽力するも、理想と現実の狭間で苦悩します。一方、林忠正はパリで日本美術の紹介者として活躍し、印象派の画家たちと親交を深めます。二人の献身的な生涯を通して、木々はもう一つの明治史を描き出しています。

また、木々は自身の体験に基づいた小説『敗戦まで』において、戦争に対する国民の意識や、敗戦後の社会状況を赤裸々に描き出しています。彼女の作品は、常に歴史的事実に基づきながら、そこに生きる人々の感情や思想を深く掘り下げ、読者に深い感動と問いを与え続けています。

彼女は、綿密な調査と考察に基づいた著作活動を通じて、日本の近代史における重要な側面を明らかにし、多くの人々に影響を与え続けています。林忠正に関する研究は、ジャポニスム研究における重要な貢献として高く評価されています。

木々康子の作品は、日本の近代史を深く理解するための貴重な資料であるとともに、人間の生き方や社会のあり方を問い直すきっかけを与えてくれるでしょう。

主な著書
『曼殊院から』
『蒼龍の系譜』
『陽が昇るとき』
『林忠正とその時代―世紀末のパリと日本美術』
『敗戦まで』
『林忠正』
『春画と印象派　"春画を売った国賊"林忠正をめぐって』
『美術商・林忠正の軌跡 1853-1906　19世紀末パリと明治日本とに引き裂かれて』

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