本多髷

江戸時代、特に当時の「粋（いき）」を体現する男性たちの間で広く愛好された男性向けの結髪様式を「本多髷（ほんだまげ）」といいます。その洗練されたシルエットは、見る者に優美で柔和な印象を与えました。

特徴的な結い方

本多髷の最大の特色は、その独特な月代（さかやき）の取り方と髷の形状にあります。生え際から耳の上を通り、側頭部にかけて極めて広範囲にわたり剃り上げられた月代は、顔周りをすっきりと見せ、髪全体のボリューム感を強調しました。側頭部の髪は、まるで簾（すだれ）のように繊細に整えられて鬢（びん）を形成します。

髷は、細くしなやかに形作られ、「元結（もとゆい）」という紙縒りや紐を用いて頭の高い位置でしっかりと結い上げられます。そして、その髷の先は頭頂部に向かって鋭い角度で垂らされるのが特徴です。この広い月代と、高く結われ急角度で垂れる髷の根元および先端の間には、空間が生まれます。この空間こそが、本多髷の軽やかさと独特なシルエットを生み出す要素の一つでした。

流行と多様な種類

本多髷は、その優雅な姿から、特に江戸を代表する遊郭である吉原に出入りする男性たちの間で瞬く間に人気を博しました。当初は吉原の常連客たちの間で流行しましたが、やがては吉原で女性に相手にしてもらうためには本多髷が必須であるといった認識が生まれたり、大店（おおだな）の若旦那衆の象徴として本多髷を連想するほど、広く浸透していきました。

流行するにつれて、本多髷にはさまざまなバリエーションが生まれました。代表的なものとしては、「令兄本多（わかさまほんだ）」、「金魚本多（きんぎょほんだ）」、「病本多（やまいほんだ）」、「浪速本多（なにわほんだ）」、「豆本多（まめほんだ）」、「蓮懸本多（はすかけほんだ）」などが知られています。これらの多様なスタイルは、結う人の個性や好みに合わせて選択され、本多髷の人気をさらに確固たるものにしました。

粋人の象徴として

本多髷は、単なる結髪様式にとどまらず、江戸の「粋」を体現する男性像の一部となりました。当時の粋人とされる人々は、派手すぎず洗練された装いを好みました。具体的には、濃い茶色や落ち着いた鼠色系統の絹織物の小紋着物を品良く着こなし、足元は白足袋に雪駄、手には南蛮や唐渡りの珍しい名物裂（めいぶつぎれ）で作られた袋を持ち、その中には銀無垢（ぎんむく）の煙管（きせる）を忍ばせるといった出で立ちでした。そして、そのような装いを完成させるのに欠かせないのが、優美な本多髷だったのです。彼らは遊郭においても、騒がしく振る舞うことなく、静かに酒を嗜み、洗練された冗談や会話を楽しむことを良しとしました。本多髷は、こうした内面の「粋」をも表現する、まさに外見的なシンボルだったと言えます。

「髪切り丸」の逸話

吉原における客と遊女の関係性は、現代の感覚とは異なり、一種の「擬似夫婦」と見なされる側面がありました。しかも、遊女が客に対して比較的強い立場を持つ、ある種の女性上位の関係性でした。これは、遊女同士が特定の客を取り合うことによる争いを防ぐためでもあったようです。このような関係性の中で、もし客が自分の「敵娼（あいかた）」、すなわち馴染みの遊女以外の女性と関係を持った場合、敵娼である遊女には、その客に対して懲罰を与える権利が認められていました。

懲罰の最も一般的な方法は、客のトレードマークである髷を鋏で切り落としてしまうことでした。髷を切られて「ザンバラ髪」になった男性は、大通りを歩けばすぐに遊郭での浮気が露呈し、恥をかくことになったためです。ひどい場合には、女物の着物を着せたり化粧を施したりして、衆目の前でさらし者にするという極端な懲罰もありました。このような理由から、遊女たちが懲罰のために使う鋏は、客の髷を切る道具として「髪切り丸」という恐ろしい、しかしある種の権威を伴う名前で呼ばれるようになりました。

しかし、髷を切られてしまった男性たちへの救済策も存在しました。遊郭の中には、そうした事情で髷を切られた男性専門の髪結いがいたのです。彼らは、切られて短くなった髪でも結えるように工夫し、「豆本多」と呼ばれる、他の本多髷よりも小ぶりなスタイルに結い直してくれました。これは、粋人の証である本多髷を失った男性たちの体面を保つための、遊郭ならではの配慮であったのかもしれません。

本多髷は、江戸時代の粋な文化、そして遊郭という特殊な社交場における人間模様を映し出す、興味深い結髪様式と言えるでしょう。

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