本質主義

本質主義とは

本質主義（essentialism）とは、事物の根底にある不変の核心部分、すなわち「本質」を、自立した実体として捉える思想です。この考え方では、個々の事物は必ずその本質を持ち、その本質によって事物の内実が規定されると考えます。

社会科学や政治的な議論においては、特定の集団やカテゴリーに、普遍的で固定的な本質を想定する立場を指すことが多く、事物とその本質との関係は客観的で固定的なものと見なされます。個々の存在は本質の派生物や複製として捉えられ、本質は現実存在に先立つものと考えられます。

本質主義の概要

本質主義では、事物のあり方は、その必然的で恒常的な要素である本質によって決定されると考えられます。したがって、その事物を理解し記述する上で、特定の属性や要素のみが重視され、「非本質的」な要素は偶発的なものとして軽視、あるいは無視されます。

本質主義では、対象の属性は、本来的な（しばしば理想的な、真の）属性である本質と、その本質を覆い隠す付帯的な要素によって二極的に理解されます。この考え方の典型的な例がイデア論です。

社会科学においては、本質主義は社会構築主義と対比されます。本質主義は、社会的な経験を構成する事物やカテゴリーには、特定の社会や時代、社会的状況を超えた本質が存在すると考えます。社会状況によって変化するのは本質以外の部分であり、本質そのものは不変であるとされます。さらに、そのような事物は社会によって構成されたものではなく、それ自体で実在性を持つ実体であるとみなされます。

非本質主義との対立

本質主義は、固定的な本質の存在を否定する非本質主義（non-essentialism）と対立します。非本質主義では、本質や必然的な共通要素は、対象が選別・分類される過程で、事後的に規定されると考えます。この場合、選別・同定行為は、既存の本質や事例に制約を受けますが、その行為自体が新たな分類基準を定める機能を持つとされます。

伝統的な本質主義では、本質は単なる分類基準ではなく、存在論的な決定要因です。この場合、中心（本質）が境界（外延）を決定します。本質とは、必然性だけでなく、中核的な規定要因であり、時には「本来の・あるべき」という価値判断を伴う概念です。日常的なカテゴリー（例：女性、日本人）に本質を提示する行為は、必然的に政治的・思想的な含意を持つことになります。

本質主義では、本質は対象の同定のされ方や切り取られ方、グルーピングに左右されないと考えられます。本質とされる特性の集合は、実在的な対象自体の属性の階層性・秩序を反映するものであり、本質的属性と非本質的属性の差異は、認識から独立して対象側に実在するとされます。

実存主義との関連

古典的ヒューマニズムは、人間の本質主義的概念を前提としています。つまり、不変の人間性というものが存在し、それが個々の人間に現れると考えます。しかし、マルクス、ニーチェ、サルトルなどの実存主義的な思想家は、この考え方を批判しました。実存主義者は、まず実存（現実の存在）があり、その本質は、その実存の実践によって決定されると考えました。

政治的・社会的な文脈での議論

本質主義は、現実の存在をその本質によって根拠づけるため、既存の見方、分担、体制化を擁護するものとみなされることがあります。そのため、多様性や変化を肯定する政治的な議論においては、偏見の背景をなしたり、強化しているものとして批判されることがあります。

しかし、本質主義批判は、抑圧される側の対抗的なアイデンティティの主張まで否定するという批判もあり、その社会的・政治的な含意は単純ではありません。

本質主義への批判

本質主義への批判として、ウィトゲンシュタインの家族的類似性の考えが重要です。本質主義では、対象の同定は一定不変の基準によって行われ、すべてのメンバーが共通点を持つ必要があります。しかし、ウィトゲンシュタインは、対象の同定は推移的に行われ、部分的な共通性の連鎖で十分であると主張しました。例えば、ABとBCがBを共有し、BCとCDがCを共有する場合、ABとCDは直接的な共通点を持たなくても同一の対象としてグループ化されうるという考えです。

同定は、既存の事例との類似性によってなされますが、どの属性が重要かは変動しえます。つまり、新たな事例の集合への追加は、既存の事例から新たに引き出される基準によって判断されます。何が典型的かは、集合の範囲を変えずに変動しえます。

形而上学的な議論では、本質主義的な同定が理念として矛盾を孕むかどうか、あるいは実践不可能なものであるか、日常言語における同定の意味と乖離した人工的なものであるか、といった点が問われます。本質主義を批判するためには、同定が必ずしも本質の共有を前提としないという議論が必要です。本質主義は日常的な認識の前提の一つであるため、批判は必ずしも容易ではありません。