李善実

李善実（リ・ソンシル）：北朝鮮最高位の女諜報員、その波乱の生涯

李善実（リ・ソンシル、1916年1月 - 2000年8月）は、朝鮮民主主義人民共和国（北朝鮮）において、序列22位にまで上り詰めた最高位の女性諜報員です。しかし、2000年の深化組事件によって拷問死するという悲劇的な最期を迎えました。彼女は朝鮮労働党統一戦線部副部長、党政治局候補委員、最高人民会議代議員といった要職を歴任し、死後には「共和国英雄」として名誉回復されました。彼女は北朝鮮で最も人気のあるスパイドラマ『名もなき英雄』のモデルとしても知られています。

生い立ちと初期の活動

李善実は、済州島南部の小さな村で生まれました。幼名は李花仙（リ・ファソン）といいました。貧しい家庭に育ちましたが、幼い頃から利発な子供として知られていました。小学校を中退後、一家で大阪に移り住み、その後朝鮮に戻って主に釜山で生活しました。1937年には小学校の同級生と結婚しましたが、1940年に夫とともに長崎県対馬島に移り住み、生活を支えました。終戦後の1947年に帰国し釜山で生活を始めましたが、夫はすぐに家族を置いて対馬に戻り、別の女性と暮らすようになりました。

釜山に残された李善実は、南[[朝鮮労働党]]（南労党）の女性運動に身を投じ、共産主義思想を学びました。その後、北朝鮮から派遣された工作員と同棲生活を送りますが、その工作員が逮捕されたことで指名手配され、北朝鮮へと逃亡しました。この時、彼女は李善実（リ・ソンシル）と名前を改め、パルチザンとして活動を始めます。

スパイとしての頭角

平壌に戻った李善実は、朝鮮労働党直属の金剛学院で徹底的な思想教育を受けました。その後、政治分野で頭角を現し、様々な要職を歴任します。1963年、金日成に直接嘆願書を提出し、対南工作への参加を志願したことがきっかけとなり、北朝鮮工作員養成機関に入学しました。1年間の厳しい訓練を経て、彼女は韓国への潜入と対南工作の指令を受けました。

対南工作と日本への潜入

李善実は、韓国内に大規模なスパイ網を築き上げるために、何度も韓国に潜入しました。当初は特殊工作船で密入国していましたが、より長期的な潜伏のため、在日朝鮮人に偽装して韓国に合法的に潜入するという手法を確立しました。これは、その後の対南工作や日本人拉致などにも多用されることになります。

彼女は、過去に日本に在住し、北朝鮮に移住した女性・申順女（シン・スンヨ）になりすます計画を立てました。徹底的な情報収集を行い、申順女の家族関係、過去の写真などを入手し、申順女になりすまして1974年に日本へ密入国しました。彼女は神戸にいる「異母弟」を騙し、東京で外国人登録を済ませると、東京入国管理局に自首し、特別在留許可を得ることに成功しました。

韓国への潜入とアジト構築

1974年11月、李善実は在日韓国公館で韓国人国民登録を行い、韓国への自由な出入国を可能にしました。1978年には、「母国訪問団」に紛れて韓国を訪れ、申順女の実姉との「再会」を演出しました。彼女の迫真の演技により、姉は李善実を本物の妹だと信じました。その後も彼女は、姉の家族との親交を深め、アリバイを築いていきました。

1979年9月には、ソウル市内に住宅を購入し、韓国での活動拠点となるアジトを築きました。1980年3月、李善実は大量の贈り物を姉一家に送り、長期潜伏を開始しました。住民登録を済ませた後、アジトに転居し、養女を迎えるなどして、表向きは普通の生活を装いながら、裏では工作資金を集め、地下組織を拡大していきました。

地下組織の拡大と活動

李善実は、1979年に朝鮮労働党統一戦線部副部長に任命され、1980年には政治局候補委員に選出されるなど、北朝鮮での地位も向上しました。彼女は、韓国内に地下組織を形成し、韓国を混乱させるための破壊活動を展開することを目標に活動しました。北朝鮮から派遣された工作員たちと協力し、10人前後の部下を率いて工作活動を行いました。また、1980年代には韓国の民主化運動に接近し、積極的に資金提供を行いました。

彼女は、北朝鮮の工作員との協議を日本で行うなど、巧妙な手法で活動を続けました。10年の歳月をかけて地下党を組織し、巨額の資金を稼ぎ出しました。1989年からは、「済州出身の李仙花」と「完州出身の申順女」という2つの名前を使い分け、工作活動をより複雑化させました。

1990年10月、李善実は部下と共に韓国を脱出し、半潜水艇で北朝鮮に帰還しました。この頃には、彼女は北朝鮮の英雄として讃えられていましたが、彼女の運命は再び大きく揺れ動くことになります。

帰国後の栄達と悲劇的な最期

帰国後も李善実は出世を続け、1991年には韓国民族民主戦線副委員長に任命され、対南秘密工作部門の主要責任者となりました。1992年には金日成の誕生日の宴会にも出席するなど、北朝鮮で確固たる地位を築き上げました。しかし、2000年に金正日による大粛清「深化組事件」に巻き込まれ、強制収容所で拷問死するという悲劇的な最期を迎えました。その後、名誉回復され、平壌の愛国烈士陵に埋葬されました。

李善実の生涯は、北朝鮮という特殊な国家における諜報活動の現実と、その中で生きた人々の運命を描いています。彼女の功績と最期は、今なお多くの議論を呼んでいます。

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