東京大学前刺傷事件

東京大学前刺傷事件は、2022年（令和4年）1月15日、大学入学共通テストの試験会場となっていた東京大学のキャンパス前で発生した重大な事件です。この日、17歳だった男子高校生が、試験に向かう受験生を含む3名を刃物で襲い、傷を負わせました。

事件の発生と犯行

事件は2022年 1月15日午前8時35分頃に発生しました。文京区にある東京大学弥生キャンパスの農学部正門前の路上で、共通テストの受験生である高校生の男女2人と、通りかかった70代の男性が、突然見知らぬ人物に背中を切りつけられました。被害者のうちの一人が、近くの交番に助けを求めたことで事件が発覚。襲撃を実行した17歳の男子高校生は、現場に駆けつけた警視庁の警察官により、その場で逮捕されました。襲われた3名はいずれも病院へ搬送されましたが、幸いにも命に別条はありませんでした。

犯行に使用された物品

加害者が犯行に用いた主な凶器は、刃渡りが約12センチメートルの包丁でした。さらに、彼はこの包丁の他にも、折りたたみ式ののこぎり（刃渡り約20センチ）と、ナイフ（刃渡り約6センチ）も所持していました。これらの刃物類は全て自宅から持ち出したものであり、警視庁少年事件課によって押収されました。

また、少年は犯行に関連して、可燃性の液体をペットボトルや瓶に詰め、合計でおよそ3リットル分を用意していました。事件直前には、東京メトロ東大前駅の構内で、着火剤のようなものが燃える小規模な火災が少なくとも8ヶ所で確認されており、少年はこれらについて自身が火をつけたと認めています。さらに、地下鉄の車内にも液体がまかれた痕跡があり、事前に南北線の車両内で可燃性液体が染み込んだリュックサックも見つかっていました。少年は、車内でも放火を試みたが成功しなかったと供述しています。

加害者の背景と動機

逮捕された少年は、愛知県名古屋市内の私立高校に通う2年生でした。彼は事件当日の朝、高速バスを利用して名古屋から東京へ移動していました。犯行の動機について、少年は捜査に対し「医師になるために東京大学を目指して勉強していたが、成績が一年ほど前から低迷し、自信を失った」と説明しました。そして、「人を殺害し、その罪悪感を背負った上で自ら命を絶つことを考えるようになった」とも供述しています。事件前に現場周辺を下見していた可能性も指摘されています。

刑事手続きの経緯

事件後、少年は殺人未遂などの容疑で家庭裁判所に送致されました。2022年 6月22日、名古屋家庭裁判所は、当時18歳になっていたこの少年について、「通り魔的に3名の生命を脅かす極めて重大な事件であり、犯情は相当に重い」として、刑事処分を求める逆送致を決定しました。これを受け、東京地方検察庁は同年7月1日、少年を殺人未遂罪や威力業務妨害罪などで正式に起訴しました。

2023年（令和5年）11月17日、東京地方裁判所で行われた裁判で、元少年（当時19歳）に対し、懲役6年以上10年以下の不定期刑の判決が言い渡されました。裁判所は「人命を軽視する姿勢は著しい」と指摘しました。この判決は、控訴期限までに検察側、弁護側双方から控訴がなかったため、同年12月2日をもって確定しました。

事件が与えた影響

文部科学大臣の対応

事件当日の1月15日には、末松信介文部科学大臣が緊急の記者会見を開きました。大臣は、被害に遭った受験生について、本人の体調や意向を踏まえ、追試験の実施や、二次試験など個別入試での合否判定も選択肢に入れつつ、受験機会を最大限確保できるよう対応する考えを示しました。また、事件自体を「誠に遺憾で、あってはならないこと」と述べ、被害者の早期回復を祈ると共に、現場に居合わせた他の受験生が受けた精神的な影響にも深く配慮する必要性を強調しました。さらに、大学入試センターを通じて各大学に試験会場の警備強化を要請し、警察庁にも安全対策の強化を求めました。

受験生への救済措置

大学入学共通テストでは、体調不良などの事情で本試験を受験できなかった学生向けに、例年追試験が実施されます。この年の追試験は1月29日、30日に予定されており、事件の被害者も当然その対象となりました。しかし、それまでに体調が回復しないケースを想定し、個別試験の結果のみで合否を判定する措置の適用も検討されました。加えて、事件の影響で精神的な動揺からこの会場での受験を取りやめた4名の受験生に対し、特例として追試験の受験を認める措置が1月26日に発表されました。

入試会場の警備体制強化

この襲撃事件を受け、大学入試センターは全国の試験会場となっている各大学に対して、共通テストの警備体制を強化するよう要請しました。これに伴い、共通テスト2日目の1月16日からは、全国的に警備が一層強化されました。例えば、広島大学では職員を増やして正門の外に配置するなど警備を強化し、岡山大学では警察官が警備にあたると共に職員の見回りを増やすなどの対策が取られました。また、名古屋大学ではパトカーが巡回し、名古屋工業大学でも警察官が警備にあたるなど、各大学が対応に追われました。

加害者側の謝罪

事件の翌日である1月16日には、加害者が通っていた高校がコメントを発表し、「本校の生徒が事件に関与し、受験生をはじめとする関係者の皆様にご心配をおかけしたことについて、学校として深くお詫び申し上げます」と謝罪しました。また、加害者の父親も代理人である弁護士を通じて謝罪のコメントを発表しました。

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