東武啓志線

啓志線：幻の在日米軍専用鉄道

啓志線は、東京都板橋区の上板橋駅から、現在の光が丘地区にあったグラントハイツ（旧・啓志）を結んでいた、東武鉄道が運営した鉄道路線です。この路線は、戦後の駐留アメリカ軍上級士官住宅の居住者や関係者の輸送、および物資輸送を主な目的としていました。

路線名の由来

啓志線の名前は、グラントハイツ建設工事の総責任者であったヒュー・ボイド・ケイシー中尉に由来するとされていました。しかし、近年では、ケイシー中尉の父親であるヒュー・ジョン・ケイシー少将（進駐軍の工兵部門トップ）の名前に由来するのではないかという説も浮上しています。いずれにしても、ケイシー中尉が家族住宅担当であったことは事実です。

運行と歴史

1943年（昭和18年）には、上板橋駅から陸軍第一造兵廠構内（現在の陸上自衛隊練馬駐屯地）までの区間が開通しました。終戦後、GHQの命令により、路線は成増陸軍飛行場跡（後のグラントハイツ）まで延伸され、東武鉄道が運行を受託しました。1947年から1948年にかけては、池袋駅からグラントハイツ駅まで、約30分間隔でノンストップのアメリカ軍専用列車が運行されました。この旅客輸送には、国鉄から借り受けたキハ41000形ガソリンカーが使用されました。当初、ガソリンカーは東京駅まで直通運転する計画もありましたが、諸般の事情で実現しませんでした。

貨物列車は、池袋駅から北池袋駅間の西山信号所（廃止）を経由して東上本線に乗り入れ、グラントハイツまで輸送されました。啓志線は、当初東武鉄道が免許を持たない駐留アメリカ軍専用線でしたが、廃止時に免許を取得し、その後の運行には至りませんでした。

2017年頃からは、当時の東武鉄道社内新聞記事の転載から、上板橋駅から練馬倉庫までの開業年が1944年（昭和19年）4月とする説も提唱されています。

路線データ

管轄: 東武鉄道
区間: 上板橋 - グラントハイツ (6.3km)
軌間: 1067mm
駅数: 3駅（起終点駅含む）
複線区間: なし（全線単線）
電化区間: なし（全線非電化）

路線年表

1943年（昭和18年）：上板橋 - 陸軍第一造兵廠構内間が開業（当時は啓志線の名前は無し）
1946年（昭和21年）3月25日：啓志線が全線開通。陸軍第一造兵廠構内は練馬倉庫に改称
1947年（昭和22年）
6月：啓志をグラントハイツに改称
12月6日：啓志線の旅客営業開始
1948年（昭和23年）2月26日：啓志線の旅客営業廃止
1957年（昭和32年）8月1日：啓志線全線閉鎖
1959年（昭和34年）7月22日：啓志線廃止（練馬倉庫、グラントハイツ両駅も同日廃止）

廃止後の動向

路線廃止と同時に東武鉄道は啓志線を買収しましたが、グラントハイツ跡地の利用計画が定まらず、昭和40年代以降、線路は徐々に撤去されていきました。1962年（昭和37年）には、陸上自衛隊によってレール撤去作業が完了しました。

駅一覧

上板橋駅
練馬倉庫駅（旧・陸軍第一造兵廠構内）
グラントハイツ駅（旧・啓志駅）

グラントハイツ駅は、現在の光が丘秋の陽小学校（旧田柄第三小学校）の北側に位置し、連合軍輸送を指揮監督するRTO（Railway Transportation Office）が置かれていました。連合軍輸送では、定時運行が最優先され、細心の注意が払われたと言われています。

謎に包まれた路線図

路線の概略は航空写真や地図で確認できましたが、駅構内の正確な配線図や平面図は長らく発見されていませんでした。しかし近年、鉄道同人誌において練馬倉庫内の配線図や「グラントハイツ専用側線 1/10000」と記された平面図が公開されました。また、蒸気機関車が北町（現在の錦2丁目）付近を走行する写真も発見されており、当時の様子をうかがい知ることができます。

接続路線

上板橋駅：東武東上本線

参考文献

東武鉄道年史編纂事務局（編）『東武鉄道六十五年史』東武鉄道、東京、1964年。
東武鉄道社史編纂室（編）『東武鉄道百年史』東武鉄道、東京、1998年。
『光が丘学』東京。
サークルTJ1914（編）『東上線三大ミスリー？研究本』東京。
サークルTJ1914（編）『東上線三大ミスリー？研究本 修正改訂版』東京。
防衛産業協会 編「X 年誌記録篇」『自衛隊年鑑 1962年』防衛産業協会、1962年。

外部リンク

鉄道ホビダス 編集長敬白アーカイブ 東武鉄道啓志線のこと。（上）
鉄道ホビダス 編集長敬白アーカイブ 東武鉄道啓志線のこと。（中）
鉄道ホビダス 編集長敬白アーカイブ 東武鉄道啓志線のこと。（下）
練馬区ホームページ ふるさと練馬の思い出写真 ケーシー駅
練馬区ホームページ ふるさと練馬の思い出写真 ケーシー線の踏切
啓志駅の位置


啓志線は、その短い歴史の中で、戦後の日本とアメリカの複雑な関係を象徴する存在でした。現在ではその痕跡はほとんど残っていませんが、鉄道史において、重要な記録として語り継がれています。

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