松下志朗

日本史学者、松下志朗は1933年7月1日に鹿児島県で生を受け、2017年にその生涯を閉じた。幕藩制、石高制といった近世日本の社会経済構造に加え、近世九州、特に奄美や被差別部落の歴史に深い洞察をもたらした研究者である。

その生い立ちは鹿児島県の複数の地域に根差している。幼少期を志布志町（現・志布志市）で過ごした後、4歳で鹿児島市へ移り住み、戦時中の疎開で末吉町（現・曽於市）へ移った。学業は県立末吉高等学校から始まり、熊本大学法文学部法学科に進むも、二年次には鹿児島大学文理学部の史学へと編入し、歴史研究の道へと進む基礎を築いた。

大学卒業後は、鹿児島県内の高校教諭として教壇に立ち、川辺高等学校や大島高等学校で日本史を教授した。大島高校在職中には『名瀬市史』の編纂作業に携わる機会を得た。この経験が、松下氏の研究者人生において重要な転機となる。編纂委員の一人であった原口虎雄氏から研究の道を本格的に歩むことを勧められたことが、その後のキャリアを決定づける契機となったのである。

研究者としての道を志し、九州大学大学院文学研究科へ進学するも、これを中途退学。その後、福岡大学助教授を経て、1971年には九州大学経済学部の助教授に就任した。経済学部に籍を置いたことは、松下氏の歴史研究に経済史的な視点を深く取り入れる上で重要な影響を与えたと言えるだろう。1986年には同大学の教授に昇任し、後進の指導にも尽力した。

松下氏の研究は多岐にわたるが、一貫して近世日本の社会構造や周縁に置かれた人々の歴史に光を当てた。特に、幕藩体制を支える基盤としての石高制の分析は彼の主要な研究テーマの一つであり、1985年にはこの成果をまとめた論文「幕藩制社会と石高制」で経済学博士の学位を取得した。この研究は、主著の一つである『幕藩制社会と石高制』として刊行されている。

また、鹿児島県出身という背景も影響し、故郷である九州・薩南諸島の歴史に深く関心を寄せた。近世奄美の支配構造と社会の実態を丹念に掘り下げた『近世奄美の支配と社会』、鹿児島藩における民衆の生活を描いた『鹿児島藩の民衆と生活』など、地域史研究における重要な業績を残している。

松下氏の研究のもう一つの大きな柱は、日本の被差別部落史研究である。部落史研究会の同人、理事としても活動し、『九州被差別部落史研究』、『入門民衆と差別の歴史』、『幕藩体制下の被差別部落 肥前唐津藩を中心に』といった著作を通じて、近世における差別の構造や被差別民衆の歴史的経験を解明しようと試みた。これらの研究は、経済史・社会史の視点から被差別部落史に新たな光を当てるものであった。

さらに、研究対象は国内にとどまらず、遠くカリフォルニアに移住した日系知識人の歴史にも目を向け、『カリフォルニア日系知識人の光と影』というユニークな著作も発表している。これは、歴史研究の視点を広げる松下氏の柔軟な姿勢を示すものである。加えて、近世における山林利用や水運といったテーマにも取り組み、『近世の山林と水運 日向諸藩の事例研究』を著すなど、その研究領域は広範に及んだ。

1996年に九州大学を定年退官し、名誉教授の称号を得た後も、松下氏は研究と教育への情熱を失うことはなかった。同年、福岡大学商学部の教授に就任し、2003年に退職するまで教鞭をとり続けた。晩年まで活発に執筆活動を続け、2004年には自身の研究者としての歩みを振り返る『遠い雲 ある地域史研究者の足跡』を刊行している。

松下志朗氏は、経済史的手法を駆使して幕藩体制の基層構造を分析するとともに、近世九州・奄美といった特定の地域に根差した社会経済史研究、そして被差別部落史研究において重要な足跡を残した歴史学者である。その多角的な視点と精力的な研究活動は、日本の近世史研究に貴重な貢献をもたらした。

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