柏木哲夫

柏木 哲夫

柏木 哲夫（かしわぎ てつお）は、1939年5月29日生まれの日本の医学者であり、特にターミナルケア（終末期ケア）分野における先駆的な存在として広く知られています。医師として内科医、精神科医両方の視点を持ち、深い人間理解に基づいたケアを提唱・実践してきました。博士（医学）および博士（人間科学）の学位を有し、学術的な貢献も大きい人物です。クリスチャンとしても知られ、その信仰は彼の医療活動や終末期ケアへの考え方に深く根ざしています。

経歴と活動

兵庫県に生まれ、大阪府立北野高等学校を経て、1965年に大阪大学医学部を卒業しました。当初は大阪大学精神神経科で3年間勤務し、精神医学を学びました。その後、1969年にはアメリカのワシントン大学へ留学し、見識を深めました。1972年に帰国後、大阪の淀川キリスト教病院に精神神経科を新たに開設。この病院で、当時まだ日本で十分に認識されていなかったターミナルケアの重要性をいち早く認識し、実践のための多職種チームを結成しました。精神科医として出発しながらも、終末期医療における全身管理の必要性を痛感し、同病院で内科医としての研修も受けました。

1984年には、淀川キリスト教病院内に日本におけるホスピスケアの草分けの一つとなるホスピスを開設しました。開設後は副院長やホスピス長を歴任し、臨床の第一線で終末期を迎えた患者さんとその家族に寄り添うケアの実践を重ねました。1993年には大阪大学人間学部の教授に就任し、大学の場で人間科学の視点から終末期医療やケア、死生学に関する教育と研究を進めました。2004年に大阪大学を定年退官した後は、金城学院大学の学長・学院長を務めるなど、教育者としての役割も担いました。2013年からは再び淀川キリスト教病院の理事長として病院運営に携わり、日本のキリスト教系病院における全人的医療の推進に貢献しています。また、公益財団法人日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団の理事長も務め、日本のホスピス・緩和ケアの普及と発展に尽力しています。2021年には長年の功績が称えられ、キリスト教功労者を受賞しました。

受賞歴

長年にわたるターミナルケアおよび死生学分野への貢献に対し、数々の賞を受賞しています。

1994年 日米医学功労賞（米国死生学財団）
1998年 朝日社会福祉賞（朝日新聞社）
2004年 保健文化賞（第一生命保険相互会社）
2005年 大阪文化賞
2016年 ヘルシー・ソサエティ賞（教育者部門）（ジョンソン・エンド・ジョンソン）

主な著作

柏木氏は、専門書から一般向けの啓発書まで、終末期医療やケア、人間の「生と死」に関する多数の著作を発表しており、日本の終末期ケアに対する理解を深める上で大きな影響を与えてきました。主な単著、共編著、翻訳は以下の通りです。

単著

『病める心からの解放』 いのちのことば社 1976
『病める心へのアプローチ』いのちのことば社 1976
「死にゆく人々のケアー末期患者へのチームアプローチー」医学書院、1978
『臨死患者ケアの理論と実際 死にゆく患者の看護』日本総研出版 1982
『人と心の理解 精神神経科医のアプローチ』いのちのことば社 1982
『病める心の理解』いのちのことば社 1982
『生と死を支える ホスピス・ケアの実践』朝日新聞社 1983 のち選書
「ホスピスをめざして-生を支えるケア」医学書院、1983
『安らかな死を支える ホスピスの現場から』いのちのことば社 1984
「死にゆく患者と家族への援助一ホスピスケアの実際」医学書院、1986
『良き生と良き死 ホスピス・ケア実践の経験から』いのちのことば社 1988
『心をみつめて』日本プロテスタント聖書信仰同盟 発売:いのちのことば社 1988
『愛する人の死を看取るとき ホスピス・ケア20年の記録』PHP研究所 1995 「あなたともっと話したかった」日経ビジネス人文庫
「死を学ぶ一最後の日々を輝いて」有斐閣、1995
「死にゆく患者の心に聴くー末期医療と人間理解ー」中山書店、1996
「死を看取る医学 ホスピスの現場から」NHKライブラリー、1997
「「老い」はちっともこわくない 笑顔で生きるための妙薬」日本経済新聞社、1998 のち文庫
「ターミナルケアとホスピス」大阪大学出版会、2001
「癒しのユーモア いのちの輝きを支えるケア」三輪書店、2001
「癒しのターミナルケア」最新医学社、2002
「心をいやす55のメッセージ」いのちのことば社、2002
「生きていく力」いのちのことば社、2003
「ベッドサイドのユーモア学 命を癒すもうひとつのクスリ」メディカ出版、2005
「人生の実力 2500人の死をみとってわかったこと」幻冬舎、2006
「定本ホスピス・緩和ケア」青海社、2006
『家族の実力』幻冬舎 2007
『死を背負って生きる いのちと看取りの現場から』日本キリスト教団出版局 2008
『いのちに寄り添う。ホスピス・緩和ケアの実際』ベストセラーズ 2008
『安らかな死を支える』いのちのことば社 2008 (カルディア・ブックス)
『「死にざま」こそ人生』朝日新書、2011

共編著

日ごとのふれあいのなかで 柏木道子共著 いのちのことば社 1985.5
ターミナルケア医学 岡安大仁共編 医学書院 1989.3
ターミナルケア 系統看護学講座別巻 藤腹明子共編 医学書院 1992.4
精神保健 系統看護学講座 早坂泰次郎,長谷川浩共編 第2版 医学書院 1996.1
緩和医療学 石谷邦彦共編 三輪書店 1997.3
ホスピスのこころを語る 音楽が拓くスピリチュアルケア 栗林文雄共著 一麦出版社 2006.6
育てるいのち看取るいのち 希望をたずさえて 柏木道子 いのちのことば社 2009.4
いのちの豊かさ 人として生まれ、人として生きる 柏木道子 いのちのことば社 2009.12

翻訳

母と子のきずな 母子関係の原点を探る マーシャル H.クラウス,ジョン H.ケネル 竹内徹共訳 医学書院 1979.7
* ホスピス 末期医療の思想と方法 Kenneth P.Cohen 斎藤武共訳 医学書院 1982.5

その他

NHK Eテレのドキュメンタリー番組「こころの時代」に出演するなど、様々なメディアを通じて終末期ケアや「いのち」に関するメッセージを発信しています。

柏木哲夫氏は、日本のホスピス・緩和ケアの黎明期からその発展を牽引し、臨床、教育、啓発活動を通じて、多くの人々に終末期をどのように生き、どのように支えるかについて深い問いを投げかけ、具体的なケアのあり方を示し続けています。彼の活動は、日本の医療・ケアのあり方に大きな影響を与えています。

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