核のフットボール

核のフットボール：アメリカ大統領の核兵器行使を支える移動式司令部

核のフットボール（Nuclear football）とは、アメリカ合衆国大統領が、司令部を離れている状況下でも核攻撃の許可を出せるようにするための道具一式を収めた黒いブリーフケースのことです。大統領緊急カバンとも呼ばれ、原子フットボール、大統領の非常用サッチェル、核のボタン、ブラック・ボックスなど、様々な俗称があります。

概要

このブリーフケースは、アメリカ軍の戦略的防衛システムにおいて、ホワイトハウス地下のシチュエーションルームのような固定された司令部に対する、移動可能な連絡機器として機能します。

ワシントン・ポストの報道によれば、大統領には常に、核兵器の発射コードとフットボールを携帯した軍事顧問1名が随伴します。フットボールは、黒い革のカバーで覆われたゼロハリバートン社製のアタッシェケースで、重さはおよそ20キログラム。持ち手には小型のアンテナが伸びています。

ホワイトハウス軍務室のトップであったウォーレン・ガリーは、著書『ブレイキング・カヴァー』の中で、カバンの中にボタンはないと記しています。大統領はカバンとは別に、核攻撃を命じる権限を認証する「ビスケット」と呼ばれる暗号入りのカードを常に携帯します。

運用

アメリカ軍の最高司令官である大統領が核兵器の使用を決断した場合、フットボールの「運び人」が呼ばれ、カバンが開けられます。すると、統合参謀本部に指令信号、あるいは「警告」のアラームが送られます。大統領は顧問と攻撃について議論し、様々な選択肢の中から攻撃案を決定します。

これらはOPLAN（Operation Plan）8010に基づいた戦争計画の一部です。カバンの中にある通信技術を用いて、顧問は国家軍事指揮センターと連絡を取ります。報復攻撃の場合であれば、複数の空中司令部（おそらくボーイングE-4B）を含む各司令部とも交信を行います。

命令がアメリカ軍によって実行されるためには、大統領本人が常に身に着けている特別なコード「ビスケット」（ゴールド・コードとも呼ばれる）を使って、本人認証を行う必要があります。アメリカでは大統領だけが核兵器の発射を命令できますが、その命令は国防長官の確認を受けなければなりません（大統領が攻撃で死亡した場合は、大統領の継承順位に従います）。国防長官の確認は、大統領本人の命令であることを確認するもので、発射命令を拒否することはできません。コードが全て認証されると、軍はしかるべき部隊へ攻撃命令を出し、命令後もその真偽の再確認が続きます。

フットボールは大統領の軍事顧問が交代制で運搬し、その勤務予定は極秘扱いとなっています。顧問は各軍種から1名ずつ選ばれ、手首に特殊なケーブルを巻いて物理的にブリーフケースを身に付けることもあります。顧問はアメリカ軍の士官であり、給与等級はO-4（少佐）以上。任命に当たっては極めて厳しい身元調査が行われます。彼らには、いかなる時でも大統領が容易にフットボールを使用可能な状態にしておくことが求められます。

大統領が職務を遂行できなくなった場合には、副大統領が大統領権限を代行することから、副大統領用のフットボールも存在します。

職務の引継

大統領職が引き継がれる場合、通常は新旧大統領が同席する就任式において、側近の間で引き継がれます。2021年1月20日の政権移行では、前大統領が就任式を欠席したため、2つのカバンを用意し、設定した時間に古いカバンの暗号を無効化する手続きが取られました。

歴史・逸話

フットボールの歴史はアイゼンハワー大統領の時代まで遡ることができますが、現在の使用方法になったのは、1962年のキューバ危機の際に、ソビエト連邦軍がモスクワの許可を得ずにキューバから核ミサイルを発射してしまう事を懸念したケネディ大統領以降のことです。

AP通信の記事によれば、「フットボール」という通称は、ある攻撃計画に付けられた「ドロップキック」というコードネームに由来します。この名前は、実際のカバンの性質や形状に誤解を生じることがあり、ケースのカバーは本物のフットボールを包めるぐらい大きいことが理由です。

1981年3月30日のロナルド・レーガン大統領暗殺未遂事件直後、レーガンとフットボールは別々の場所にありました。レーガンはカードをポケットに入れて持ち歩くことを好んでいましたが、ERでの外科治療の際に衣服が切り取られた時に、カードを紛失してしまいました。後にERの床にあったレーガンの靴からカードが発見され、「レーガンはカードを靴下に入れて持ち歩いている」という都市伝説が生まれました。

このように、大統領がフットボールを運ぶ人間と離ればなれになることが時々発生しており、2016年5月27日にオバマ大統領が広島を訪問した際にもフットボールは持ち込まれました。

核兵器の発射命令システムは、他の核保有国を含めて「核のボタン」と自称・通称されることがあります。2018年1月に北朝鮮の金正恩が「核のボタンは執務机の上にある」と発言した際には、トランプ大統領がツイッターで「私の核のボタンの方がより大きく、強力で、しかもちゃんと作動する」と書き込んで牽制しました。

ただし、実際のシステムは「ボタン」ではなく、大統領や士官がフットボールの取り扱いを誤っても、意図せずに発射されることはありません。

もう一度検索