桜井博志

桜井 博志（さくらい ひろし）は、1950年11月21日生まれの日本の実業家です。現在の役職は旭酒造株式会社の会長であり、同社の三代目当主を務めています。かつて逆境にあった旭酒造を、論理的な経営手法と革新的な発想で立て直し、日本国内にとどまらず世界にその名を知られる有数の酒蔵へと押し上げたことで知られています。

山口県玖珂郡周東町獺越（現在の岩国市周東町獺越）で、酒蔵である旭酒造の三代目として生を受けた桜井氏は、1973年に松山商科大学（現・松山大学）を卒業後、西宮酒造（現・日本盛）で約3年半の勤務経験を積みました。その後、1976年に実家に戻り、家業である旭酒造に入社します。外部での経験を活かし、引き続き営業の任にあたりましたが、当時の二代目当主であった父親は事業の縮小や廃業をも視野に入れており、経営の安定・拡大を目指す桜井氏との間で意見の対立が深まります。この対立は解消されず、1978年、27歳の時に父親から解雇を言い渡され、一度は旭酒造を離れることとなりました。

旭酒造を去った桜井氏は、妻の親戚が営んでいた石材採掘業から着想を得て、石材卸売会社「桜井商事」を設立し、独立します。この事業は順調に成長し、年商2億円規模にまで発展させました。しかし、1984年に父親が急逝したことで状況が一変します。蔵には製造途中の酒が残され、瓶詰めや廃業といった今後の判断を下せる者がいない混乱状態に陥りました。この事態を受け、やむを得ない形で桜井氏は旭酒造に戻り、事業を継承することになります。

当時の旭酒造は、普通酒「旭富士」を中心に細々と酒造りを続ける状況でした。売上は前年比85%と大きく落ち込み、経営は危機的な状況でした。桜井氏は経営再建を目指し、紙パックやカップ酒といった多様な商品を試みます。その中で、精米歩合50%の純米酒（現在の純米大吟醸に相当）に対する市場の反応が良いことに気づき、純米大吟醸造りに力を注ぐ方針へと転換します。この決断が功を奏し、1980年代後半には経営状況にある程度の回復が見られました。地元では「日本酒は安くて酔えれば十分」という風潮が根強かった中で、桜井氏は顧客が本当に求めているのは「酔うため、売るための酒」ではなく「味わう酒」であると確信し、その追求を深めます。6年間の試行錯誤の末、1990年に後の代表銘柄となる「獺祭」が誕生しました。さらに1992年には、当時としては国内最高水準となる精米歩合23%を実現した「獺祭 磨き二割三分」を発表し、一躍、獺祭および旭酒造の知名度を高めることに成功します。また、当時山口県産の日本酒の評価が必ずしも高くなかった状況を鑑み、東京の山口県出身者に口コミで広めてもらうといった地道な販路開拓にも取り組みました。

順調に進むかに見えた経営でしたが、酒造業特有の季節変動による経営リスクを低減するため、1987年には事業多角化として飲食店経営と地ビール事業に乗り出します。しかし、これらの新規事業は失敗に終わり、多額の負債を抱える結果となります。この経営悪化を受けて蔵の将来を悲観したことに加え、もともと酒造りに対する考え方に違いがあった杜氏が、他の蔵へ移籍するという大きな事態に直面します。杜氏を失った旭酒造は、やむなく社員のみで酒造りを行う体制へと移行することになります。しかし、桜井氏は以前から杜氏の手伝いをする中で得ていたノウハウやデータを蓄積しており、これらを基に杜氏に依存しない「マニュアル化された酒造り」へと特化することを決断します。この体制構築により、「味わう酒」という桜井氏のポリシーをさらに深く追求することが可能となり、「獺祭」のさらなる品質向上とヒットに繋がりました。これが経営の抜本的な改善をもたらします。

2015年には蔵を新築し、四季醸造（年間を通じた酒造り）を実現した結果、醸造量を飛躍的に増加させ、業績を大きく伸ばしました。さらに、現在では世界20ヶ国以上へ輸出され、日本を代表する酒として各国の首脳への贈答品にも選ばれるなど、地方の小さな酒蔵という枠を超えた斬新な取り組みを次々と展開し、常に話題の中心となっています。2016年には代表権のある社長（当主）の座を息子の桜井一宏氏に譲り、自身は会長に就任しました。

テレビ番組への出演や著書の刊行も通じ、その独自の経営哲学や逆境を乗り越える姿勢は多くの人々に影響を与えています。主な著書には、『逆境経営 山奥の地酒「獺祭」を世界に届ける逆転発想法』、『勝ち続ける「仕組み」をつくる獺祭の口ぐせ』などがあります。

桜井博志氏の軌跡は、既存の常識にとらわれず、品質への徹底的なこだわりと論理的な戦略をもって困難を乗り越え、地方の伝統産業を世界に通用するブランドへと育て上げた、まさに「逆転の発想」による経営実践の物語と言えるでしょう。

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