梨本集

『梨本集』：伝統歌学への挑戦

『梨本集』は、元禄11年（1698年）に成立、同13年（1700年）に刊行された、歌学者戸田茂睡による歌学書です。著者の住居前にあった山梨の木にちなんで名付けられたという逸話は、奥書に記されています。この書物は、それまでの伝統歌学を鋭く批判し、和歌の表現における自由を強く主張した点で、歌学史において重要な位置を占めています。

伝統歌学への批判

中世以来、和歌の世界では、特定の言葉の使用を禁じる「禁詞」や、特定の表現様式を避ける「制詞」といった、さまざまな因習が蓄積されてきました。これらの多くは、二条家、京極家、冷泉家といった歌道の有力家系の権威によって支えられ、正当化されてきました。しかし、茂睡はこれらの伝統を、和歌表現への不当な制限と見なしました。

『梨本集』では、万葉集をはじめとする古典作品を例に挙げながら、伝統歌学の矛盾点を指摘しています。具体的には、無意味な制詞・禁詞の存在を批判し、それらが和歌の表現力を著しく阻害していることを主張しています。茂睡は、和歌を詠む際に、いかなる制限も設けるべきではないという、革新的な立場をとっています。

構成と内容

『梨本集』は、自序と3巻（巻三は上下に分かれている）から構成されています。全編を通して、禁制の詞の不当性を論じる点が特徴です。茂睡は、伝統的な歌学の枠にとらわれず、より自由に、そして多様な表現を許容する和歌の世界を目指したと考えられます。その自由な表現に対する姿勢は、後世の歌人たちにも大きな影響を与えたでしょう。

『梨本集』の意義

『梨本集』は、単なる歌学書にとどまらず、当時の歌壇における権威主義や因習への批判を表明した重要な著作です。茂睡の主張は、近代的な和歌観の形成にも繋がるものであり、その影響は現代の歌作りのあり方にも及んでいると言えます。伝統を重んじる一方で、革新的な視点を取り入れ、表現の自由を追求した茂睡の姿勢は、現在においても学ぶべき点が多く含まれていると言えるでしょう。

参考文献

佐々木信綱著『戸田茂睡論』（竹柏会、1913年）
『日本歌学大系・七巻』（風間書房、1972年）

外部リンク

* 梨本集 - 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ

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