森の静けさ

アントニン・ドヴォルザークの作曲した《森の静けさ》（ドイツ語: Waldesruhe）は、彼の作品の中でも特にチェロの独奏曲として広く知られています。この楽曲は、もともと1883年に書かれた四手のためのピアノ曲集《ボヘミアの森から》（Ze Šumavy）作品68を構成する一曲（第5曲）として生まれました。

原題はチェコ語で「しじま」を意味する『Klid』であり、英語圏ではしばしば『Silent Woods』のタイトルで紹介されています。作曲者自身の手によって、このピアノ曲は後に独奏チェロを含む二種類の異なる編成に編曲され、現在ではチェロの重要なレパートリーの一つとなっています。

楽曲の背景と編曲の経緯

原曲であるピアノ曲集《ボヘミアの森から》作品68は、1883年に著名な出版社であるフリッツ・ジムロックからの依頼を受けて作曲されました。この曲集は、ドヴォルザークの故郷ボヘミア地方の豊かな自然や風景、そこに根ざした人々の暮らしを描写した連作的な性格を持っています。

19世紀後半のヨーロッパでは、人気の高い器楽曲やオペラからの抜粋などを、様々な楽器編成向けに編曲することが広く行われ、聴衆からも歓迎されていました。こうした時代の潮流、あるいは自身の作品をより多くの音楽愛好家に届けるという意図から、ドヴォルザークはピアノ曲集《ボヘミアの森から》の中から特に抒情的な第5曲「Klid」を選び、編曲を試みます。1891年12月28日に、まずチェロとピアノのための二重奏版が編曲されました。

このチェロとピアノ版の《森の静けさ》は、翌1892年1月、ドヴォルザークがアメリカへの旅立つ前に開催された告別演奏会において初演されました。演奏は、ドヴォルザーク作品の擁護者でもあったチェリストのハヌシュ・ヴィハーンと、ピアニスト（おそらく）のフェルディナント・ラハナーが担当し、聴衆から大変好評を博したと言われています。この成功に手応えを感じたドヴォルザークは、さらに大きな編成での表現を目指し、1893年10月28日にはチェロ独奏と管弦楽のための編曲版を完成させました。

管弦楽版は、1894年の秋にフリッツ・ジムロック社から出版されました。この出版に際して、ドヴォルザーク自身がドイツ語のタイトル《Waldesruhe》（森の静けさ）を付けたとされており、現在このタイトルが最も一般的に用いられています。

楽曲の特徴

《森の静けさ》は、《ボヘミアの森から》作品68の他の楽章と同様、特定の情景や感情を音で描いた性格的小品です。穏やかで内省的な雰囲気を持ち、「音による抒情画」とも称されます。

楽曲は、変ニ長調で奏でられる主要主題を中心に展開します。この主題は、夢見るように静かで、チェロによって深く歌い上げられるような美しい旋律です。「Lento e molto cantabile」（緩やかに、そして非常に歌うように）という速度・発想記号が付されており、演奏にはゆったりとしたテンポと豊かな感情表現が求められます。主要主題の間に挟まれる間奏部分は、嬰ハ短調へと転調し、少し動きのある対照的な雰囲気を持ちます。「Un pochettino più mosso」（少しだけ速く）という指示があり、主要主題の静寂とは異なる、わずかに活動的な様子を描写しているかのようです。全体を通して、チェロの温かく響き渡る音色が、森閑とした自然の情景や、そこでの静かな思索を見事に表現しています。

管弦楽版の編成

チェロ独奏と管弦楽のための版における楽器編成は以下の通りです。

独奏チェロ
フルート
クラリネット 2
ファゴット 2
ホルン
弦五部（ヴァイオリン第一部、ヴァイオリン第二部、ヴィオラ部、チェロ部、コントラバス部）

このように、《森の静けさ》は、ドヴォルザークが故郷の自然から得たインスピレーションを基に作曲した、チェロの魅力を最大限に引き出した珠玉の小品であり、その詩的な美しさによって今日でも世界中で愛され続けています。

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