植原繁市

植原繁市

植原 繁市（うえはら しげいち、1908年 - 1971年）は、現代詩が新しい展開を見せる時代に、兵庫県印南郡（現在の加古川市志方町）を拠点として活動した詩人です。幼少期より病弱で、学業を十分に修めることが叶いませんでしたが、その限られた生活の中で詩作への情熱を燃やし続けました。

生い立ちと経歴

明治41年（1908年）3月13日、志方町横大路に、父・弥平、母・いとの六男として生を受けました。生まれつき体が強くなく、尋常高等小学校在学時には胃下垂のため休学を余儀なくされ、進学した姫路商業学校も胃腸の疾患により二年で中退しています。その後、昭和8年（1933年）に西志方村役場（後に合併により志方町役場）に就職し、収入役なども務めながら生計を立てました。昭和39年（1964年）には体調を崩して役場を退職し、一時的に別の職にも就きましたが、生涯の大半を郷里の役場で過ごしました。昭和46年（1971年）3月20日、故郷の自宅でその生涯を閉じました。

詩人としての活動

植原繁市の詩作活動は、大正15年（1926年）、雑誌「文章倶楽部」に投稿した短唱三篇が生田春月に評価され、三位に入選したことから本格化しました。彼は生田春月や西条八十を敬愛し、特に西条八十が主宰する詩誌『愛誦』には熱心に投稿を続け、後に寄稿家として認められるようになります。この時期、地方の同人誌や神戸新聞にも詩や民謡、小曲、童話などを発表するなど、精力的に創作に取り組みました。

故郷の加古川地域には、大塚徹、八木好美、金近敏寛といった文学を志す盟友たちがおり、植原繁市は彼らと終生変わらぬ親交を結びました。昭和6年（1931年）には大塚徹らと共に『姫路愛誦読書会』を開催し、また戦後の昭和21年（1946年）1月には詩の同人グループ「新涛社」の設立に参加するなど、文学を通じた仲間との繋がりを大切にしました。『愛誦』が廃刊となった後も、横山青娥が創刊した詩誌『昭和詩人』に活動の場を移し、詩作を続けました。

作風と代表作

植原繁市の詩は、特に抒情性に富んでいると評価されています。横山青娥は彼の作風を「性来の抒情詩人」と評し、その小品に見られる言い知れぬ妙味や、哀歓が交錯しながらも「明るく軽快」で「表現も整って」いる点を指摘しました。同郷の大塚徹の重厚な作風とは対照的であるとも述べられています。後年、彼の詩を再評価した高橋夏男は、詩集の題名が示すように、日常の煩わしさから一線を画し、ロマンティックな抒情世界を豊かな感受性で歌い上げたと述べ、その「感覚とイメージの新しさ」が近代抒情詩に鮮やかな彩りを加えたと評しました。

昭和9年（1934年）には、その抒情性が結実した最初の詩集『花と流星』を神戸詩人協会より刊行しました。彼の代表作の一つとされる小曲「寂しさ」は、昭和4年（1929年）に『愛誦』で発表され、横山青娥に高く評価された作品です。この詩は『花と流星』の最後に置かれ、また盟友・大塚徹の詩碑建立に際しても引用されるなど、植原自身が最も愛した作品の一つでした。

その他の活動と顕彰

詩作の傍ら、植原繁市は「植原枝月」の俳号で俳句も詠み、俳誌「七曜」や地元の「志方番茶くらぶ」を中心に活躍しました。また、加古川市制施行二十周年にあたる昭和45年（1970年）には、「新加古川音頭」を作詞し、レコードとして発表するなど、郷土文化への貢献も行いました。

植原繁市の文学活動は、後世にも引き継がれています。昭和38年（1963年）には、雑誌「高砂文学」が植原繁市特集号を組み、その業績を讃えました。翌昭和39年（1964年）、役場退職を記念して、志方町の長楽寺境内に代表作「寂しさ」の一節を刻んだ詩碑が建立されました。この詩碑は、平成23年（2011年）の台風による土砂災害で一時行方不明となりましたが、約11ヶ月後に土砂の中から発見され、再び同じ場所に設置されています。

また、生前に盟友たちと計画していた三人集の出版は、彼の急逝により叶いませんでしたが、金近敏寛、松本重雄ら友人たちの尽力により、昭和47年（1972年）に「志方番茶くらぶ」から『植原繁市遺稿集』が出版されました。実は、繁市は遺書に「全ての遺稿を姫路城の石垣の下に埋めてほしい」と記していたそうですが、友人たちはその文学的価値と故人への友情から、遺稿集として世に送り出すことを選びました。昭和50年代後半には、加古川出身の詩人・高橋夏男によって再発見・再評価され、評伝「花と流星の詩人」が発表されるなど、彼の文学は今なお郷土に息づいています。

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