楊志

楊志（よう し）

中国の四大奇書の一つである『水滸伝』に登場する主要人物の一人。天暗星の化身とされ、梁山泊の百八人の好漢の中では第十七位に位置付けられています。顔に大きな青痣があることから、「青面獣（せいめんじゅう）」の渾名で呼ばれます。物語の中では、稀代の武勇を持ちながらも不運に見舞われ、波乱万丈な人生を歩んだ人物として描かれています。

史実との関わり

『水滸伝』の楊志は、北宋末期に実在した同名の武将がモデルであると考えられています。史実における彼の記録は断片的ながら、中国の歴史学者である余嘉錫の研究によれば、彼は当時の権力者であった童貫（どうかん）の配下として、遼討伐や金との戦いに従軍した武官だったとされています。余嘉錫の説では、楊志は遼討伐軍で先陣を務め、「招安巨寇」（降伏した元匪賊の将）として种師中（ちゅう しちゅう）の指揮下に入り、金軍との戦いにも加わりました。しかし、この戦いで兵糧が支給されなかったことに不満を抱いて戦場から離脱したため、上官の种師中が戦死する結果を招いたとされています。その後の楊志の行方は、史料からは分かっていません。

『水滸伝』における人物像と前半生

小説の設定では、楊志は宋の建国に功績があった英雄・楊業（よう ぎょう）の子孫とされ、若くして武挙に合格したエリート官僚として登場します。武芸十八般を極めた豪傑であり、作中でも屈指の実力者である林冲（りんちゅう）、索超（さくちょう）、魯智深（ろちしん）、呼延灼（こえんしゃく）といった猛者たちと互角に渡り合うほどの実力を持っています。外見的には、やや背が高く、顎にまばらに薄い髭を生やしているほかは、顔の青痣が最大の特徴です。名門出身で高い武芸を持ちながらも、楊志の官僚人生は不運の連続でした。

殿司制使（近衛隊長）として順調な出世を歩み始めた矢先、皇帝が使用する石などを運ぶ「花石綱」の輸送監督を任されますが、悪天候のために船が沈没し任務に失敗します。この責任を恐れ、官職を捨てて都から姿を消しました。

その後、朝廷からの大赦を知り復職を願って都へ向かう途中、梁山泊にて山賊稼業をしていたかつての禁軍教頭・林冲に襲われます。両者は激しい一騎討ちを繰り広げますが、決着はつきませんでした。これを見た梁山泊の首領・王倫（おうりん）は、林冲を牽制する意図もあって楊志を梁山泊に迎えようとしますが、楊志は高いプライドからこれを断ります。

都にたどり着いた楊志は、伝手を頼り賄賂を使って復職を働きかけ、あと一歩のところまで漕ぎ着けますが、権力者である太尉・高俅（こうきゅう）に一蹴され、官職への復帰は叶いませんでした。所持金を使い果たした楊志は、家宝である宝刀を売って糊口をしのぐことを考えますが、その際に悪名高きゴロツキ・牛二（ぎゅうじ）に因縁をつけられ、やむなく斬殺してしまいます。しかし、楊志が自首したことと、被害者である牛二が周囲から嫌われていたことから、宝刀の没収と北京への軽い流罪という処分で済みました。

再起と二度目の挫折

流刑先の北京留守司・梁世傑（りょう せいけつ）は、楊志の武芸の腕を見込んで彼を登用しようとしますが、他の武官たちの反発を考慮し、御前試合を開いてその実力を試させます。楊志は試合で周謹（しゅうきん）を破り、索超と引き分けたことで、提轄使（民兵長）として再び官職を得ることに成功します。久々の官界復帰を果たした楊志は、数ヶ月後に梁世傑から新たな任務を命じられます。それは、梁世傑の舅である宰相・蔡京（さいけい）への誕生祝いとして贈られる、十万貫相当の財貨「生辰綱（せいしんこう）」の運搬監督でした。

楊志は前回の失敗を教訓に、周到な準備を整えて出発します。しかし、この生辰綱は晁蓋（ちょうがい）をはじめとする七人の豪傑たちに狙われていました。楊志は盗賊対策を怠りませんでしたが、肝心の部下である使者や運び手たちの不満と反抗に遭い、統制が取れなくなった隙を突かれ、痺れ酒を盛られた末に生辰綱を全て奪われてしまいます。二度目の大失敗により、故郷へ帰ることもできなくなった楊志は、一時は絶望して自殺を考えますが、思い直して無頼の徒として生きていく決意を固めます。

山賊から梁山泊へ

あてのない旅を続けるうちに、楊志は偶然にも林冲の弟子だった酒屋の曹正（そうせい）と、林冲の義兄弟である魯智深（ろちしん）に出会います。意気投合した三人は、青州にある二竜山（にりゅうざん）を占拠する山賊を退治し、そこを新たな拠点として山賊稼業を始めます。その後、武松（ぶしょう）、施恩（しおん）、張青（ちょうせい）、孫二娘（そんじじょう）といった仲間も加わり、二竜山の勢力は梁山泊に次ぐ規模にまで拡大しました。

物語が進み、朝廷から派遣された呼延灼が青州へ攻め込んできた際には、二竜山は同じく青州にある桃花山（とうかざん）の救援に駆けつけ、楊志は呼延灼と激しい一騎討ちを繰り広げます。その後、二竜山は桃花山、そして梁山泊と連合して呼延灼を捕らえ、青州知事を討ち取ります。この機に、楊志たちは二竜山の仲間と共に梁山泊へ合流することを決めます。梁山泊に迎え入れられた際の宴席では、かつて自分が護衛中に奪われた生辰綱の話が出ますが、楊志はそれを笑い飛ばし、わだかまりがない様子を見せました。

梁山泊での活躍と最期

梁山泊に加わってからは、楊志はその武勇を存分に発揮し、先鋒や部隊の中心として多くの戦いで活躍します。百八人の好漢が集結した後には、騎兵軍を率いる「八虎将兼先鋒使（はちこしょうけんせんぽうし）」の一人に任命されるほどの信頼を得ます。朝廷への帰順の方針には反対の立場を取り、捕虜となった高俅に対しては、かつての恨みから林冲と共に最後まで強い敵意を示しました。しかし、帰順が決定した後も変わらず朝廷軍の一員として各地を転戦し、多くの武功を立てます。

特に、南方の反乱軍である方臘（ほうろう）討伐戦では、主力部隊の一員として従軍します。しかし、緒戦である丹州（たんしゅう）攻略の後、病にかかり戦線を離脱することになります。懸命な看護も虚しく、回復することなく方臘の乱が鎮圧される前に病死したとされています。エリート官僚から一転して山賊となり、再び梁山泊の将として活躍しながらも、故郷へ錦を飾ることなく戦地で病に倒れるという、最後まで不運に翻弄された生涯でした。

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