槙坪夛鶴子

映画監督、そしてスクリプターとしても活躍した槙坪夛鶴子（まきつぼ たづこ）は、本名・光永夛鶴子として1940年（昭和15年）5月28日、広島県呉市に生を受けました。その生涯は、社会の光と影に鋭く向き合い、困難を乗り越えながら映画を作り続けた軌跡といえます。2011年（平成23年）9月24日に71歳でその生涯を閉じました。

幼少期、日野姓を名乗っていた彼女は、5歳の時に広島市に原子爆弾が投下された際、爆心地から約25キロ離れた当時の安佐郡久地村（現在の広島市安佐北区）にあった父親の実家で被爆しました。この壮絶な体験は、後の作品に直接的に描かれることはなくても、その人間洞察や社会への視点に深い影響を与えたと考えられます。1950年には一家で大阪へ移り住み、後に大阪府立北野高等学校に進学。この頃、両親の離婚に伴い、母親の姓である槙坪を名乗るようになりました。高校卒業後、早稲田大学第一文学部演劇科に進学し、演劇の世界に触れました。大学在学中に最初の結婚と出産を経験しましたが、後に離婚しています。

24歳頃には関節リウマチを発症し、体調に苦しむことになります。しかし、27歳頃に俳優の米倉斉加年（よねくら まさかね）の紹介という巡り合わせがあり、映画界へ足を踏み入れることとなります。民芸映画社に入り、スクリプター（記録係）としてのキャリアをスタートさせました。スクリプターは、撮影現場で映像の連続性や細部を記録し、作品全体の整合性を保つ重要な役割を担います。この時期、テレビドラマ『黒部の太陽』（1969年放送）など、複数の作品にスクリプターとして関わりました。

スクリプターとして経験を積んだ槙坪氏は、やがて自らのメッセージを映画という形で表現する道を選びます。1986年（昭和61年）、長野県の養護教諭が行っていた性教育の取り組みを題材にした劇映画『子どもたちへ いのちと愛のメッセージ』で監督デビューを果たしました。この作品は、それまでタブー視されがちだった性教育というテーマに正面から向き合い、大きな反響を呼びました。

以降、彼女は一貫して社会的なテーマや人々の身近な問題を題材にした劇映画を撮り続けました。

1987年（昭和62年）には、高校生の妊娠という重い現実を描いた『若人よ いのちと愛のメッセージ』を制作。
1993年（平成5年）には、当時まだ偏見の多かった後天性免疫不全症候群（エイズ）を取り上げた『地球っ子 いのちと愛のメッセージ』を発表し、病気への正しい理解と患者への差別の撤廃を訴えました。
1998年（平成10年）の『わたしがSuki』では、多様な生き方やセクシュアリティの問題に触れたと考えられます。
2000年（平成12年）には、高齢化社会における切実な課題である老人介護をテーマにした『老親（ろうしん）』を監督。
2003年（平成15年）には、同じく介護を扱ったと見られる『母のいる場所』を発表しました。
そして、2009年（平成21年）には、自閉症の子どもとその家族の日常を描いた『星の国から孫ふたり』を制作するなど、晩年まで創作活動を続けました。

これらの作品群を通じて、槙坪夛鶴子は、教育、生命、人権、福祉といった今日的な課題に光を当て、観る者に深く考える機会を提供しました。ジャーナリスティックな視点と、人々の感情に寄り添う劇映画の手法を組み合わせることで、社会の片隅にある声なき声に耳を傾け、生きづらさを抱える人々への理解と共感を促そうとしました。

長年関節リウマチと闘ってきた槙坪氏は、病に伴う合併症のため、2011年9月24日にその波乱に満ちた、しかし実り豊かな生涯を閉じました。71歳でした。彼女が残した作品は、現代社会が抱える様々な問題への問いかけとして、今なお私たちに語りかけています。なお、所属していた会社としてパオが挙げられています。

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