横隔神経

横隔神経（おうかくしんけい）

横隔神経は、私たちの生命活動、特に呼吸運動を支える上で極めて重要な役割を担う末梢神経の一つです。その名の通り、呼吸の主役である横隔膜を主要な支配領域としています。この神経は、頸部において形成され、胸腔へと下降して目的の器官に到達します。

起源と形成

横隔神経は、主に脊髄から分岐する頸神経の一部から発生します。具体的には、第4頸神経（C4）がこの神経の主要な根幹を形成しますが、それに加えて第3頸神経（C3）や第5頸神経（C5）からの神経線維も合流し、一本の神経幹を形成します。このように複数の頸神経からの合流によって構成されるため、頸神経叢の一部ともみなされます。

構成する神経線維

横隔神経は単一の種類の神経線維だけでなく、複数の異なる機能を持つ神経線維を含んでいます。主に、横隔膜の筋肉を動かすための運動神経線維、横隔膜からの感覚情報を伝える感覚神経線維、そして自律神経系の一部である交感神経線維から構成されています。これらの線維が協調して働くことで、横隔膜の複雑な機能が維持されています。

横隔膜の独占的支配

横隔神経の最も特筆すべき点は、横隔膜の運動と感覚の両方を、この神経がほぼ独占的に支配しているという事実です。他の多くの骨格筋や臓器が複数の神経からの支配を受けるのとは異なり、横隔膜は基本的に横隔神経からの信号にのみ応答します。これは、呼吸運動という生命維持に直結する重要な機能を確実に、かつ効率的に行うための生理的な仕組みと考えられます。

横隔膜の運動支配

横隔神経の運動線維は、脳や脊髄からの指令を横隔膜の筋線維に伝達します。吸気時には、この指令によって横隔膜が収縮し、ドーム状だった形状が平坦化します。これにより胸腔の上下径が拡大し、胸腔内圧が低下（陰圧化）することで、外部の空気が肺に流れ込み、吸気が行われます。横隔神経の活動は、呼吸のリズムや深さを調節する上で中心的な役割を果たします。

横隔膜の感覚支配

横隔膜からの感覚情報も、横隔神経の感覚線維を通じて中枢神経系へと伝えられます。特に、横隔膜の中央にある強固な結合組織である腱中心（けんちゅうしん）には、伸展や張力を感知する受容器が多く存在し、ここからの情報が横隔神経によって運ばれます。この感覚情報は、横隔膜の状態をモニタリングし、適切な呼吸運動を維持するための無意識的な調節（反射など）にも関与していると考えられています。横隔膜の痛みや違和感なども、この神経を介して伝えられることがあります。

交感神経線維

横隔神経に含まれる交感神経線維の具体的な機能については完全には解明されていませんが、横隔膜内の血管運動などを調節している可能性が示唆されています。その役割は、運動や感覚の支配と比較すると補助的と考えられています。

その他の支配領域

横隔膜への主たる支配に加え、横隔神経は胸腔内の他の構造物にも神経枝を供給しています。具体的には、肺の外側を覆い、縦隔に面する部分の胸膜である縦隔胸膜や、心臓を包む二重の膜である心膜にも枝を出し、これらの構造物からの感覚情報伝達に関与しているとされています。

臨床的意義

横隔神経は呼吸機能に不可欠であるため、この神経が損傷を受けると深刻な影響が出ることがあります。例えば、頸部の外傷、腫瘍による圧迫、手術時の損傷などによって横隔神経が麻痺すると、横隔膜の動きが制限されたり、完全に動かなくなったりします（横隔膜麻痺）。片側性の麻痺であっても呼吸能力は低下しますが、特に両側性が麻痺すると自力での十分な呼吸が困難になり、人工呼吸器によるサポートが必要となることもあります。また、横隔神経への刺激が、遠隔部位（例えば肩など）に痛みを引き起こす関連痛の原因となることも知られています。

まとめ

横隔神経は、第3から第5頸神経に由来し、横隔膜の運動と感覚を独占的に支配する生命維持に不可欠な神経です。呼吸運動の中核を担う横隔膜の機能を維持するだけでなく、縦隔胸膜や心膜にも分布するなど、胸腔内の重要な構造物と密接に関わっています。その機能が損なわれることは、直接的に呼吸能力に影響を与えるため、臨床的にも非常に重要な神経として認識されています。

• ---

参考文献

河西達夫『解剖学実習アトラス』南江堂, 1993年
ISBN 4524211748

もう一度検索