欲望のあいまいな対象

『欲望のあいまいな対象』

1977年に製作されたフランスとスペイン合作の映画作品。鬼才ルイス・ブニュエルの監督人生を締めくくる遺作として知られています。原題はフランス語で『Cet obscur objet du désir』。

作品の着想と背景

本作は、ピエール・ルイスの小説『女と人形』から着想を得て製作されました。この小説は過去にも何度か映画化されており、『西班牙狂想曲』や『私の体に悪魔がいる』といった作品が存在しますが、本作は特定の原作としてクレジットはされていません。ブニュエルは、この古典的な物語に独自の解釈と演出を加えています。

特徴的な演出：二人一役

本作で最も語られるべき特徴は、物語の中心人物である若い女性コンチータを、全く異なる雰囲気を持つ二人の女優が交互に演じている点です。フランス出身のキャロル・ブーケと、スペイン出身のアンヘラ・モリーナがこのコンチータ役を務めました。シーンによって、あるいは説明もなく突然、演じる女優が入れ替わるこの「二人一役」の試みは、観客に混乱と同時に、欲望というものの掴みどころのなさや、対象の移ろいやすさを強く印象付ける効果を生んでいます。特にキャロル・ブーケにとっては、本作が映画デビュー作となりました。

物語の冒頭

物語は、テロ事件が頻発し緊迫した空気に包まれるスペインのセビリアから始まります。初老の紳士フェルナンドが、まさに発車しようとする列車に駆け込んできた一人の女性に、突然バケツに入った水を浴びせかけるという衝撃的な場面から幕を開けます。驚きを隠せない同乗者たちに対し、フェルナンドはなぜそのような行動に出たのか、そしてその女性がいかに自身を翻弄してきた「悪魔」であるかを語り始めるのです。

シュルレアリスムとの関連

ブニュエルの初期作品、『アンダルシアの犬』や『黄金時代』に見られるような、唐突で非論理的な展開や予期せぬ結末が本作にも見られます。特に物語の終結部分のあまりに突然な展開は、観る者に強い衝撃を与え、既成の論理や物語構成から逸脱したシュルレアリスム的手法と重ね合わせて論じられることも少なくありません。欲望という根源的なテーマを扱いながら、現実と不現実の境界を曖昧にするブニュエルらしい作風が色濃く表れています。

評価と受賞

本作は公開当時、批評家から高い評価を受けました。特にブニュエルがキャリアの最後に到達した境地を示す作品として注目されました。第50回アカデミー賞では、外国語映画賞にノミネートされています。

主要キャスト

物語の中心となる初老の紳士フェルナンドをフェルナンド・レイが演じ、コンチータ役をキャロル・ブーケとアンヘラ・モリーナが務めました。その他、バレリー・ブランコ、エレン・バルらが出演しています。

この作品は、ブニュエルが長年探求してきた人間存在の根源的なテーマ、特に欲望の複雑さと不可解さを、大胆かつ実験的な手法を用いて描き出した、彼の集大成とも言える重要な一本です。

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