歌う炎の都市

歌う炎の都市

『歌う炎の都市』（原題：英: The City of Singing Flame）は、アメリカ合衆国の幻想文学作家クラーク・アシュトン・スミスによって書かれた短編ホラー小説です。本作は『ワンダー・ストーリーズ』誌の1931年7月号に発表されました。物語の語り手はフィリップ・ハステインで、彼は作者スミスの分身とも目される人物であり、彼の作品では度々重要な役割を担っています。

本作には『歌う炎の彼方に』（Beyond the Singing Flame）という続編が同じく『ワンダー・ストーリーズ』の1931年11月号に掲載されました。しかし、日本の編集者である大瀧啓裕は、この続編を「龍頭蛇尾」「蛇足」と評し、自身の翻訳した文庫版への収録を見送りました。そのため、この続編は現在も日本では翻訳されていません。作中に登場する異世界の都市イドモスは、クトゥルフ神話関連の事典である『エンサイクロペディア・クトゥルフ』にも解説が記載されています。

あらすじ

物語は、作家フィリップ・ハステインの視点から始まります。彼の友人である幻想小説家ジャイルズ・アンガースと、その知人である挿絵画家フィーリクス・エバンリイが、夏を過ごしていたカリフォルニア州のシエラ山脈で突然失踪します。彼らが滞在していた無人の小屋から、ハステイン宛ての小包が見つかり、中にはアンガースの書き遺した詳細な日記が納められていました。ハステインは日記の内容が事実か創作か確信できませんでしたが、アンガースが「発表してもいい、小説だと思われるだろう」と記していたことから、この日記を公表することに決めます。

日記はジャイルズ・アンガースの一人称で綴られています。1930年7月31日、アンガースは高地を散策中に、開けた場所で奇妙な「二つの石」を発見します。それは完全に円く滑らかな、緑がかった灰色の石が一対でした。その二つの石の間に足を踏み入れた途端、アンガースは激しい感覚に襲われ、次の瞬間にはシエラ山脈とは全く似つかない、異世界の土地に転移していました。彼の背後には、二つの石と同じ材質の大きな二本の柱が立っており、この柱の間を通ることで元の高地に戻れることに気づきます。彼の眼前に広がるのは、赤い石で建造された巨大な都市でした。

数日後、アンガースは再びその場所を訪れます。異世界の道を歩くと、地球上には存在しない未知の生物たちが、彼を気にも留めずに歩き回っています。都市に近づくと、内部から耳にしたことのない音楽が響いてきました。その音を聞いたアンガースは強烈な魅惑に囚われ、都市に入りたい衝動に駆られますが、どうにかその日は抗い、元の世界へと引き返しました。

さらに数日後、アンガースは音楽対策として耳栓を用意し、三度目の訪問でついに都市の内部に足を踏み入れます。都市には様々な奇妙な生物がいました。都市の中央には巨大な大神殿があり、その聖堂の中央では「歌う炎」と呼ばれるまばゆい炎が燃え盛っています。この炎こそが、都市に響き渡る超越的な音楽の源でした。アンガースは、集まっている生物たちがこの炎への巡礼者であることを理解します。歌う炎の放つ光と音はアンガースを強く惹きつけ、彼は巡礼者たちに加わり、炎に身を投じたいという衝動に駆られます。実際に何匹かの生物は炎の中へと消えていきます。アンガースの中では激しい興奮と生存本能がせめぎ合いますが、最終的には炎から引き下がる者たちと共に帰還しました。しかし、炎に飛び込めば得られたであろう恍惚感への強い想いが彼の胸に残ります。

元の世界に戻ったアンガースは、この異世界の体験を作品にしようと試みますが、全く筆が進みません。彼の体験があまりに非凡で、既存のどんな言葉も凡庸に思えたからです。単独での探査に限界を感じたアンガースは、友人を誘うことを考え、フィリップ・ハステインかフィーリクス・エバンリイのどちらかを候補としました。最終的に、サン・フランシスコに住む挿絵画家エバンリイに手紙を送ります。

8月13日、アンガースはフィーリクス・エバンリイと共に再び異次元へ向かい、都市へと入ります。アンガースはエバンリイに注意を促しますが、彼は前回よりも強力になった炎と音楽の力に完全に魅せられ、全く耳を貸しません。アンガースが音楽の支配に必死に抗う中、エバンリイは迷うことなく「歌う炎」の中へ身を投じてしまいます。友人の消滅を目の当たりにしたアンガースは恐怖に駆られて都市から逃げ出しますが、イドモスから距離を取るにつれて恐怖は薄れ、炎に消えたエバンリイを羨ましいとさえ感じ始めます。元の世界に戻り、この日記を書きながら、アンガースはなぜ自身が引き返してしまったのか分からなくなります。そして、次の日には再びイドモスへ赴くことを決意し、この日記をハステインに託すことを記して、日記は終わっています。

主な登場人物

ジャイルズ・アンガース：高名な幻想小説家。物語の核心となる日記の筆者。
フィーリクス・エバンリイ：サンフランシスコ在住の挿絵画家。アンガースに同行し、悲劇的な最期を遂げる。
フィリップ・ハステイン：アンガースの友人である作家。物語の語り手であり、スミスの分身とされる人物。
長身の輝く生物：イドモス都市に現れる異次元からの訪問者。
真の住民：イドモスに住むゆっくりと動く巨人。
歌う炎：イドモス大神殿の中心で燃える、超越的な音楽を生み出す炎。

収録

『ヒュペルボレオス極北神怪譚』創元推理文庫、大瀧啓裕訳

関連作品

彼方からのもの：同じくフィリップ・ハステインが語り手を務める作品。

本作は、異次元世界への探検がもたらす驚異と、抗いがたい超越的な力（歌う炎）への誘惑、そしてそれに対する人間の理性や生存本能の葛藤を描いています。禁断の知識や体験を求める好奇心が、最終的に自己や他者の破滅を招く可能性を示唆する、スミスらしい退廃的で耽美的なホラー作品と言えるでしょう。

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