武漢事件

武漢事件（七・二〇事件）

武漢事件、または七・二〇事件として知られる出来事は、中華人民共和国において文化大革命の嵐が吹き荒れていた1967年7月20日、湖北省の武漢市で発生した大規模な武力衝突です。この事件は、当時の中国を二分していた勢力、すなわち既存の組織（労働組合や人民解放軍の一部）を背景に持つ「実権派」と、文化大革命の推進力となるべく立ち上がった急進的な「造反派」が、それぞれの支持者を武装させ、衝突に発展したものです。その影響は武漢市内にとどまらず、最終的には中国最高指導部まで巻き込む激しい政治闘争へと発展しました。

事件の背景

衝突の火種は1967年初頭に既にくすぶり始めていました。同年2月頃、「工人総部」と名乗る造反派組織が武漢市内の漢口地区に位置する紅旗大楼を占拠しました。この大楼には『長江日報』の編集部があり、「工人総部」はこの新聞を自らの統制下に置きました。2月8日、『長江日報』を通じて彼らは「武漢市だけでなく、全湖北省で大乱を起こさなければならない」という扇動的な声明を発表します。これに対し、武漢を管轄する軍管区は2月28日付で「厳正に明言する」と題する声明を出し、「工人総部」の一連の活動を強く批判し、武力を行使して紅旗大楼から彼らの活動家を排除しました。この軍の行動に対抗するため、「工人総部」は支持者を広く動員し、権力を奪取するための闘争に乗り出します。一方、軍管区や既存の労働組合員など、「工人総部」の動きに反発する人々は「百万雄師」と呼ばれる組織を結成しました。こうして、武漢市内では両陣営が各地で小規模ながら衝突を繰り返す、緊迫した状況が生まれていました。

中央の介入と事件の激化

こうした武漢の混乱した状況を収拾すべく、中国共産党中央は指導部を派遣することを決定します。1967年7月18日、毛沢東主席と周恩来総理が、公安部長であった謝富治と中央文革小組のメンバーであった王力を伴って武漢を訪問しました。しかし、周恩来が急な用事で北京に戻った後、事態は予期せぬ方向に進みます。武漢に留まった王力が、突如として「工人総部」側を公然と支持すると表明し、この発言が放送を通じて流れてしまったのです。これは「百万雄師」側の猛烈な反発を引き起こしました。

七・二〇事件の経過

王力の発言を受けて、「百万雄師」側の労働者、一般市民、湖北省政府の職員、さらには武漢軍管区に所属する兵士までもが行動を起こしました。7月20日朝、彼らは謝富治と王力が滞在していた宿舎を包囲します。王力は群衆によって建物から連行され、激しく糾弾されたばかりか、武漢市の街頭を引き回されるという屈辱的な目に遭いました。さらに群衆は、毛沢東が滞在していた東湖賓館までも包囲しましたが、周恩来の素早い手配によって、毛沢東は間一髪で武漢を脱出することができました。半ば拘束状態にあった謝富治と王力も、7月25日には無事北京に戻ることができ、彼らは帰京後、熱烈な歓迎を受けました。

北京の指導部にとって、これらの大規模な大衆行動は、軍隊の一部が反乱を起こしたかのように映りました。文革推進の急先鋒であった江青は、7月22日に「文で攻め、武で守る」と発言し、「百万雄師」らの行動に対する武力による報復を示唆します。その結果、「百万雄師」の背後にいると見做されていた武漢軍管区司令官の陳再道は、武漢大学の造反派によって引き出され、公衆の面前で糾弾を受けました。こうした事態は、それまで小競り合いを繰り返していた「工人総部」と「百万雄師」双方の武力闘争を以前にも増して激しいものへとエスカレートさせました。市内の工場生産や学校教育は完全に停止に追い込まれ、混乱と暴力の嵐の中で、記録によれば184,090人もの人々がこの抗争の犠牲になったと言われています。

事件の影響と後世の評価

武漢事件発生から一週間後の7月27日、中国共産党中央委員会、中央軍事委員会、そして中央文革小組は連名で、『武漢市の革命的群衆と広範なる指揮官に与える信書』という文書を発表しました。この信書は、「工人総部」をはじめとする造反派の行動を全面的に支持する姿勢を明確に打ち出すとともに、陳再道ら軍幹部を「実権派」として打倒すべき対象と位置づけました。さらに、彼らの背後にいるとされた徐向前ら人民解放軍内部の実権派をも打倒するよう呼びかけるものでした。

文化大革命が終結し、いわゆる「四人組」が逮捕された後、武漢事件を含む一連の出来事は、多くの民衆が不当な弾圧を受けた誤りであったと公式に位置づけられました。事件に巻き込まれ犠牲となった人々は、政治的な立場に関わらず全て同等であるとの認識が示され、事件の責任を問われていた陳再道も名誉回復がなされました。武漢事件は、文化大革命がいかに予測不能で暴力的な側面を持ち、中央の意図さえも現場の混乱の中で歪められていく可能性を秘めていたかを示す、象徴的な出来事として歴史に刻まれています。

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