死の海

ポール・ナッシュの油彩画『死の海』（独: Totes Meer）は、第二次世界大戦中の1941年に完成した作品であり、戦禍の現実を強烈に描き出しています。カンバスに油彩で描かれたこの作品は、縦102センチ、横152センチのサイズを持ち、現在はロンドンのテート・ギャラリーに収蔵されています。1946年以降、同美術館のコレクションとして多くの人々に鑑賞されています。

この絵画は、ドイツ空軍の墜落機が集積された廃棄場を、月明かりの下で捉えた情景を主題としています。散乱する飛行機の破片や機体が、あたかも氷の海のように冷たく硬質な風景を構成しており、見る者に荒涼とした印象を与えます。この表現は、ドイツロマン派の画家カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの有名な作品『氷の海』に着想を得ていると言われています。ナッシュは、第一次世界大戦と第二次世界大戦の両方で公式の戦争芸術家として活動し、戦場の現実やその影響を記録する役割を担っていました。

『死の海』の制作は、1940年にイギリス空軍省からの依頼を受けて開始されました。しかし、空軍省の一部の関係者はナッシュの独特な芸術スタイルに難色を示し、彼はその年のうちに契約を解除されてしまいます。それでもナッシュは制作を続け、1941年に作品を完成させました。完成後、彼はこの絵画を戦争芸術家諮問委員会に売却し、150ポンドの報酬を得ました。

作品に描かれた荒涼とした風景は、1940年8月にオックスフォード近郊のカウリーにある金属製品回収所を訪れた際のスケッチや写真が基になっています。この画風は、ナッシュが第一次世界大戦時に描いた『我々は新しい世界を創造している』や『メニン・ロード』といった、破壊された土地や過酷な戦場を描いた作品群に通じるものがあります。また、本作が制作された時期は、ナッシュ自身の個人的な苦悩も重なっていました。画家アイリーン・エイガーとの関係が終焉を迎えつつあり、さらに彼は晩年まで苦しむことになる呼吸器疾患に罹患していました。これらの個人的な逆境が、作品全体に漂うもの悲しく、重苦しい雰囲気に影響を与えた可能性が指摘されています。

興味深いのは、作品の題名にまつわる経緯です。ナッシュは当初、英語で「Iron Sea」（鉄の海）と名付けることを考えていました。しかし、完成した絵画をプロパガンダとして利用し、ポストカードにしてドイツへ送ることを意図したため、題名をドイツ語の「Totes Meer」（死の海）に変更しました。この変更は、敵国ドイツに対して、その航空戦力の崩壊を視覚的に突きつけるという、戦略的な意味合いを持っていたと言えます。

完成した『死の海』は、高い評価をもって迎えられました。戦争芸術家諮問委員会の委員長を務めていたケネス・クラーク卿は、この作品を「これまでで最高の戦争画」と絶賛しました。1941年5月にナショナル・ギャラリーで開催された国立戦争画展覧会で初めて一般公開された際も、肯定的な意見が多数寄せられました。そして1946年にはテート・ギャラリーのコレクションに加えられ、現在では第二次世界大戦中にイギリスで制作された最も重要な絵画の一つとして、その歴史的・芸術的価値が広く認められています。この絵画は、単なる戦場の記録を超え、破壊と終焉の象徴として、また人間の苦悩を映し出す鏡として、今なお見る者に強く訴えかけ続けています。

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