死者の網膜犯人像

死者の網膜犯人像

松本清張による短編小説『死者の網膜犯人像』は、1990年5月号の『文藝春秋』に発表され、翌年に短編集『草の径』に収録されました。本作は、科学と探偵小説の交差点を描いた作品であり、読み手に新しい視点を提供します。

あらすじ

物語は、江戸川乱歩の『類別トリック集成』内にある「網膜残像」に関する記述から始まります。科学者たちはこの事象を否定していたが、最近では肯定的な研究も発表されています。そんな背景を持つ中、一つの惨劇が描かれます。

市ケ谷駅付近の坂道を上った二階家で、山岸重治が絞殺されるという事件が発生します。捜査一課の庄原係長とそのチームは、山岸家に急行し、現場の捜査を開始します。庄原は鑑識課員にホルマリン液を眼球に注射するよう指示し、凶悪犯罪が発生した時間について迫ります。山岸重治の妻、好江からの話を元に、彼女が買い物に向かっていた24分間に事件が起こったことが明らかになります。

好江が重治の顔を見た際、彼の網膜には好江の顔が映っていることが確認され、犯人の顔は残っていなかったという残念な結末が待っていました。庄原は「死んでも網膜の映像は科学的に再現できる」と語りますが、結果は意外なものでした。

エピソード

この短編小説は、著者が2年前に発表したエッセイ『眼』にも影響を与えています。そこで清張は、殺人犯人の顔が被害者の網膜に残る可能性を示唆し、科学の進歩に期待を寄せていました。「死後すぐに眼球を剔出し、加害者の顔を映し出す技術があれば」と夢見る彼の思考は、科学的に不可能と思われる命題にまで及びます。

だが、科学者たちはこの考えを笑い飛ばし、実現不可能であると否定的でした。それにもかかわらず、清張は現代技術の進歩に希望を持ち続け、科学的空想が新たな発見を生む可能性に思いを馳せています。

医師で作家の海堂尊は本作を評価し、医学的な視点からも「網膜が画像を捉える」様子を描くことで、学術的世界とフィクションの境界を曖昧にする力作と称賛しています。

まとめ

『死者の網膜犯人像』は、ミステリーとしての面白さに加え、科学と人間の思考を重ね合わせた作品です。網膜から犯人の顔を再現するというアイデアは、多くの読者に衝撃を与え、探求心を刺激します。松本清張はこの短編を通じて、科学と技術の可能性がもたらす新たな視点を提示し、読者の知的好奇心を満たしてくれるのです。

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