気まぐれ美術館

洲之内徹の『気まぐれ美術館』：美術への深い愛情と洞察が光るエッセイ集

『気まぐれ美術館』は、美術評論家であり小説家でもあった洲之内徹が、新潮社の月刊誌「藝術新潮」に長期連載した美術エッセイです。1974年から1987年まで続いた連載は、165回にも及び、後に5冊の単行本としてまとめられました。単なる美術解説にとどまらず、洲之内自身の豊かな経験と鋭い視点が織り込まれた、独特の魅力を持つ作品となっています。

波乱万丈の人生と美術との出会い

洲之内徹は、東京美術学校建築科在学中にプロレタリア運動に参加した経験を持ち、その後、戦争へと巻き込まれていくなど、波乱に満ちた人生を送りました。戦後は古書店を経営しながら小説を執筆し、芥川賞候補にもなりましたが、受賞には至りませんでした。転機となったのは、友人の小説家である田村泰次郎が経営する画廊「現代画廊」への入社でした。支配人として働きながら小説を書き続け、やがて画廊を継承することとなります。この画廊経営の経験が、彼の美術への深い理解を育み、『気まぐれ美術館』の執筆へと繋がっていくのです。

タイトル決定までの葛藤と連載開始

1973年、美術に関する最初のエッセイ集『絵のなかの散歩』を出版した洲之内は、翌年から「藝術新潮」での連載を開始します。タイトル選びには多くの候補が挙がり、悩んだ末に「気まぐれ美術館」に決定しました。「絵で考える」「本日休館」「絵のない美術館」など、魅力的な候補もあっただけに、その決定の裏には、洲之内自身の美術に対する独特の感覚が反映されていると言えるでしょう。

収集した美術品を題材に、独自の視点で語る

『気まぐれ美術館』のエッセイは、洲之内自身が収集した美術品を中心に展開されています。しかし、単なる作品紹介にとどまらず、彼の個人的な体験や、美術史、社会情勢といった幅広い視点を取り入れながら、深く、ユーモラスに、そして時に鋭く、作品の魅力を語っています。まるで、気まぐれな美術館館長が、来館者へ語りかけるかのような、親しみやすさと知的な刺激に満ちた文章です。

出版とその後

連載は、洲之内が急逝する1987年まで続き、165回を数えました。連載開始後、順次単行本化され、『気まぐれ美術館』『帰りたい風景』『セザンヌの塗り残し』『人魚を見た人』『さらば気まぐれ美術館』の5冊が刊行されました。また、『絵のなかの散歩』も『気まぐれ美術館』と同列の作品として扱われ、文庫化もされています。これらの作品は、現在でも多くの読者に愛され続けており、美術エッセイの傑作として高く評価されています。洲之内徹の没後、彼の作品は改めて注目を集め、美術愛好家のみならず、幅広い読者層に支持されているのです。

まとめ

『気まぐれ美術館』は、単なる美術エッセイという枠を超えた、洲之内徹の人生経験と深い洞察が凝縮された作品です。小説家としての才能、画廊経営者としての視点、そして美術への並々ならぬ愛情が、一つに融合した珠玉の文章の数々は、読者に忘れがたい感動と、美術への新たな見方を提供してくれるでしょう。現在でも読み継がれ、愛され続ける理由が、この作品には詰まっていると言えるでしょう。

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