氷雨 (松本清張)
『氷雨』（ひさめ）
松本清張の短編小説『氷雨』は、1958年4月増刊号の『小説公園』に掲載され、1959年には短編集『紙の牙』の中で出版されました。物語は、冷たい雨が降る夜、渋谷の割烹料理屋「ささ雪」を舞台にしています。客足が絶えるこの店で、女中たちは常連客を呼び寄せるために電話をかけています。主人公の加代は、常連客に電話をかけますが、彼は不在でした。しかたなく、少し気が重い相手の川崎に電話することになりますが、意外にも彼は店に新しい女中の初枝がいるか尋ねてきます。
初枝は二か月前にこの店に入ったばかりの若い女中で、経験が浅いにもかかわらず、どこか妙に馴れ馴れしく、加代は彼女に何か不快感を覚えます。加代は川崎が初枝に向ける冷たい態度に戸惑います。その後、他の得意客に顔を出した後、再度川崎の座敷に戻った加代は、初枝との間に生じた微妙な空気を感じ取り、何かが変わったことを実感します。加代は、客を楽しませる技術は自負していますが、近頃の客たちは「若さ」を求めていることを痛感しています。このことが彼女を焦らせ、自分の立場を守ろうとする気持ちを強めていくのです。
作品背景
著者の松本清張は、この作品を新宿の小料理屋を背景に構想しました。少々古い描写ではありますが、このような女性たちの世界は銀座周辺でも見られると述べています。作品が書かれたのは昭和3３年から34年頃であり、作者自身が新宿の小料理屋で酒を楽しむことがよくあったと振り返っています。
日本近代文学研究者の藤井淑禎は『氷雨』を「埋もれたる傑作」と評し、物語の表面的なテーマである男を巡る女同士の争いの背後には、アマチュアの台頭がプロの世界に与える影響が描かれていることを指摘しました。売春防止法の施行により、性の世界での棲み分けが崩れ、新興勢力の出現が旧秩序を脅かしています。そして、これを受け入れられなかった女性たちが自らの存在意義を見失い、孤独な選択を迫られる様子が描かれています。
テレビドラマ化
『氷雨』は1959年と1961年の二度、テレビドラマとしても制作されました。
1959年版
1959年11月27日にNHKで放映されました。このドラマは松本清張原作ですが、小説とは異なる登場人物やストーリー展開があり、汚職事件をテーマとしているため、元の作品との共通点は少ないとされています。淡島千景が主演を務めました。
1961年版
1961年5月22日には、TBS系列の「ナショナル ゴールデン・アワー」枠で放送され、松本清張シリーズの中の一作として位置づけられています。
主なキャスト
スタッフ
この作品は松本清張による深い人間描写と社会背景を反映したものであり、彼の独特の視点が際立っています。
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