没食子インク

没食子[インク]]は、古くからヨーロッパで文章の記録や絵を描くために広く使われてきたインクの一種です。主な原料は、鉄の塩（例えば硫酸鉄]）と、没食子などの植物から採取される[[タンニン酸です。これらが反応することで、特徴的な紫黒色や黒褐色の筆跡が得られます。

調合と特性

没食子インクの基本的な製法は、鉄イオンを含む成分（古くは釘のような鉄くずも使われました）と、没食子から抽出・精製されたタンニン酸を混ぜ合わせることから始まります。タンニン酸は、没食子の抽出物を発酵させることでより豊富に遊離し、色の濃いインクが得られます。この混合物にアラビアガムのようなバインダーを加えることで、筆記に適した粘度を持たせます。

液体状態の[インク]]は薄い灰色をしていますが、紙や羊皮紙に書かれ、空気に触れて乾燥するにつれて、インク中の鉄]イオンが[酸化されて鉄]イオンとなり、[[タンニン酸との複合体が形成されます。この化学反応により、筆跡は徐々に濃い紫黒色へと変化します。一度乾燥すると、筆記面に非常に強固に定着し、水や摩擦では容易に消すことができません。内容を消去するには、筆記面を物理的に削り取る必要がありました。

文書への影響と耐久性

没食子インクはその優れた定着性で知られますが、いくつかの問題点も抱えています。特に、インクの酸性度が高いことが挙げられます。そのpHはレモン汁からコーヒーに近い範囲にあり、これにより筆記面、特に紙の繊維を劣化させる可能性があります。時間が経つと、筆跡の周辺がさび色に変色したり、「ゴーストライティング」と呼ばれる透けが生じたりすることがあります。さらに、インク中の過剰な鉄分が酸化を続けると、紙に穴を開けてしまうことさえあります。

紙は羊皮紙と比較してセルロース繊維との化学結合が弱く、主にインクが繊維の間に入り込んで乾燥する機械的な結合によって付着します。このため、酸性による腐食は紙の方がはるかに速く進行する傾向があります。しかし、すべての没食子インク文書が深刻な損傷を受けているわけではなく、1000年以上前の無傷の文書も数多く現存しており、酸性の影響は必ずしも普遍的ではありません。適切な製法や文書の保管環境が重要であることが示唆されます。

歴史的な役割

没食子インクは、その製造の容易さと優れた耐久性・耐水性から、ヨーロッパを中心に千年以上にわたって主要な筆記用インクとして利用されました。4世紀に書かれたシナイ写本をはじめ、中世やルネサンス期に作られた重要な写本の多くが、このインクで書かれています。イギリスやフランスでは、公的な記録文書に没食子インクを使用することが法律で定められていた時代もありました。大航海時代以降は世界中に広まり、アメリカ合衆国でも郵便局で利用されるなど、広く普及しました。

衰退と現代の利用

20世紀後半になり、化学的に合成された、より安定で耐水性の高いインクが登場すると、没食子インクの一般での使用は減少しました。現在では、伝統的な製法を再現する芸術家や、特定の用途のために限定的に用いられています。

特に万年筆においては、伝統的な没食子インクは強い酸性や成分が内部を腐食させるため不向きです。しかし、現代では「古典インク」とも呼ばれる万年筆用の改良された没食子インクが存在します。これらは少量の鉄-タンニン酸化合物と、書き始めの視認性を高めるための染料を組み合わせています。乾燥・酸化が進むにつれて色が変化し、最終的に耐水性のある黒や濃い灰色になります。ただし、鉄分を含むため、長期間使用しないと成分が凝固する可能性があり、こまめな洗浄が必要です。

また、一部の国では重要な公的文書の記録に、今なお鉄-タンニン酸化合物を含む特定のインクの使用が義務付けられています。例えば、イギリスの戸籍登記所やドイツの公証文書などで使用されるインクには、成分や耐水性に関する厳しい規格が設けられています。

没食子インクは、その長い歴史と独特な性質から、書物の歴史や保存科学においても重要な研究対象となっています。

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