河野広道

河野広道：北海道の自然と文化を探求した学際的研究者

河野広道（こうの ひろみち）は、1905年（明治38年）1月17日に生まれ、1963年（昭和38年）7月12日に逝去した、日本の卓越した学者です。専門は昆虫学および考古学に跨り、特に北海道の自然と文化に関する深い造詣で知られています。北海道史研究家として名を馳せた河野常吉を父に持ち、その学問的な環境は、広道のその後の研究活動に少なからぬ影響を与えたと考えられます。

学問の道へ：昆虫学から考古学へ

北海道に生を受けた河野広道は、北海道帝国大学農学部で昆虫学を専攻しました。大学卒業後の1930年、母校である北海道帝国大学農学部の助手となり、研究者としての第一歩を踏み出します。昆虫学分野における貢献として、27歳を迎える1932年には、「日本産象鼻虫科ノ研究（独文）」と題する論文により、農学博士の学位を授与されました。象鼻虫（ゾウムシ）は多様な種類が存在する昆虫であり、その体系的な研究は当時の昆虫学において重要な意義を持っていました。

昆虫学での成果を上げる一方で、河野は次第に考古学への関心を深めていきます。これは、父・常吉の研究分野とも関連し、北海道という広大な土地が持つ歴史や、そこに暮らした人々への好奇心から生まれたものでしょう。彼は昆虫学の研究と並行して、積極的に考古遺跡の調査や研究に取り組むようになります。

貝塚研究における独創的な視点

河野広道の考古学における最も注目すべき業績の一つは、縄文遺跡の貝塚に関する研究です。1935年に発表した論文「貝塚人骨とアイヌのイオマンテ」の中で、彼はそれまで主に生活の痕跡、すなわち「ゴミ捨て場」として解釈されてきた貝塚に対して、全く新しい視点を提示しました。河野は、貝塚の堆積状況や出土品、そして当時のアイヌ民族の文化、特に熊などの魂を送る儀礼である「イオマンテ」との関連性に着目しました。そして、貝塚が単なる日常的な廃棄物集積所ではなく、アイヌのイオマンテにおける「物送り場」のような、儀礼的な意味合いを持つ場所であった可能性を論じたのです。この説は当時の学界に新たな議論を巻き起こし、貝塚研究の奥行きを深める契機となりました。

北海道に根ざした研究活動と貢献

1944年に北海道帝国大学を退職した後も、河野広道の研究活動は止まることがありませんでした。彼は北海道新聞社の北方研究室長として、地域の歴史や文化に関する調査・研究を継続しました。また、北海道学芸大学札幌校（現在の北海道教育大学札幌校）の教授を務めるなど、教育者としても後進の育成に尽力しました。生涯を通じて、彼は北海道という地域を主要なフィールドとし、その自然環境、そこに生息する昆虫、そして先住民であるアイヌ民族の文化や古代の遺跡といった、多岐にわたる対象を研究しました。

河野の研究領域は、昆虫学、考古学に加えて、民族学や文化人類学といった分野にも及び、「北方文化」という視点からこれらの知見を統合しようと試みました。彼の研究姿勢は、特定の専門分野に閉じこもることなく、異なる学問分野を結びつけながら事象を理解しようとする、まさに学際的なものでした。その地域に根ざした長年の研究と、北海道の文化・学術振興への貢献が認められ、1951年には北海道文化賞を受賞しています。

著作と後世への影響

河野広道は多くの著作を残しており、その関心の幅広さを物語っています。『北方文化の主潮』といった文化論から、『北方昆虫記』、『雪虫』といった昆虫に関する著作、さらには『アイヌの踊』、『アイヌの生活』といったアイヌ文化に関する著作まで、多岐にわたります。彼の没後にも、考古学に関する調査ノートをまとめた『北海道東北部の考古学的調査』、アイヌの民族誌に関する『イオマンテ・イナウ篇』といった遺稿が出版され、その研究成果が後世に伝えられています。

また、彼の学問への情熱は家族にも引き継がれました。父・常吉は北海道史研究者であり、息子の河野本道はアイヌ文化研究者として、娘婿の宇田川洋は東京大学名誉教授として、それぞれ異なる分野ながら学術研究に携わっています。河野広道の残した著作や思想は、現在も北海道の学術研究において重要な位置を占めており、その多角的な視点と地域への深い愛は、今なお多くの研究者に影響を与え続けています。彼の生涯は、北海道の豊穣な自然と歴史・文化を、多様な切り口から深く探求した一人の研究者の軌跡と言えるでしょう。

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