津田一郎

津田一郎

津田一郎（つだ いちろう）は、1953年6月4日生まれの日本の数理科学者、応用数学者、物理学者、そして文芸家です。北海道大学と中部大学の名誉教授であり、カオス学の確立者として、また複雑系科学研究の先駆者として広く知られています。

研究業績

津田教授は、脳のダイナミクスにいち早く着目し、カオス脳理論や脳の解釈学を提唱しました。大学院生時代には、化学反応系におけるカオスの存在を、経験的ローレンツプロットと一次元時間離散力学系モデルを併用して世界で初めて実証しました。

また、池田研介、金子邦彦とともに、カオス的遍歴概念を共同で提案し、その発生機構に関する数理モデルを多数考案しました。さらに、松本健司とともに、カオスに雑音を加えることで秩序状態が現れる雑音誘起秩序を発見しました。これらの研究は、数学における多次元非双曲型力学系、ランダム力学系の先駆的な理論構築であり、発表から約30年後にその存在が厳密に証明され、大きな注目を集めました。

津田教授は、脳神経科学に非線形数理科学的手法を導入し、計算論的神経科学の発展にも貢献しました。1984年には脳の解釈学に関する論文を世界で初めて発表し、以降、脳の動的な活動や情報構造をカオス力学系で解明する研究を数多く発表しています。脳に関する代表的な業績として、脳の解釈学のほか、非平衡神経回路モデルによるカオス的連想記憶の実現、海馬におけるエピソード記憶のカントルコーディング仮説とその実証、思考・推論機構の研究、脳の機能分化の研究、視覚性幻覚の研究などが挙げられます。近年では、脳の機能分化を解明するための数学的手法を開発する中で、従来の自己組織化理論を拡張した拘束条件付き自己組織化理論を提案し、注目を集めています。

さらに、還元論的な手法では解明が困難な複雑系に対して、実験、理論、解釈、構成の四つ組みによる新しい科学の方法論を提案しました。カオス力学系の族の数学構造抽出法を基盤として、「作ることで解釈し理解する」という構成論的方法論を創始し、複雑系科学研究を先導し、複合・境界型の科学分野の発展に多大な貢献をしています。

略歴

岡山県出身。大阪大学理学部物理学科を卒業後、京都大学大学院理学研究科物理学第一専攻博士課程を修了し、1982年に理学博士号を取得しました。その後、九州工業大学、北海道大学を経て、現在は札幌市立大学AITセンターの特任教授を務めています。また、日本学術会議の連携会員や、日本数学会、日本物理学会など、多数の学会の会員でもあります。さらに、全日本スキー連盟公認のクロスカントリースキー指導員・検定員という一面も持っています。

受賞歴

津田教授は、その卓越した研究業績により、数々の賞を受賞しています。

2022年度 第11回藤原洋数理科学賞大賞（カオス力学を基軸にした複雑系脳科学への先駆的貢献）
2020年度 日本神経回路学会学術賞
2019年度 IJCNN 総合講演
2013年度 ICCN功労賞
2010年度 HFSPプログラム賞
2007年 第6回ICIAM総合講演
2000年 第1回SIAM環太平洋力学系会議総合講演

著書

津田教授は、数多くの著書も執筆しており、一般読者向けにも、複雑系科学や脳科学に関する知識をわかりやすく解説しています。

『カオス的脳観 脳の新しいモデルをめざして』 (サイエンス社, 1990)
『複雑系脳理論 「動的脳観」による脳の理解』 (サイエンス社, 2002)
『ダイナミックな脳 カオス的解釈』 (岩波書店, 2002)
『心はすべて数学である』 (文藝春秋, 2015)
『脳のなかに数学を見る』 (共立出版, 2016)
* 『数学とはどんな学問か? 数学嫌いのための数学入門』 (講談社, 2021)

また、共著や翻訳も多数手がけています。

その他

津田教授は、2023年5月5日にNHK Eテレで放送されたドキュメンタリー「こころの時代『心とは何か 脳科学が解き明かすブッダの世界観』」にも出演しています。

津田一郎教授は、数理科学、脳科学、文芸の分野において、多岐にわたる活躍を続けています。その研究は、複雑系科学の発展に大きく貢献しており、今後のさらなる活躍が期待されています。

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