浅草火力発電所

浅草火力発電所は、かつて東京電燈が東京府東京市浅草区浅草南元町、現在の東京都台東区蔵前に設けた電力供給施設です。日本の電力史において、今日の東日本で標準となっている周波数50ヘルツの電気がここから供給され始めた点で、極めて重要な役割を果たしました。

建設の背景

発電所の建設は1897年（明治30年）に完了し、運用が始まりました。明治時代、東京電燈が都心部で稼働させていた電力設備は、茅場町などを中心とした小規模分散型の直流発電所が主流でした。しかし、直流送電はその技術的特性から、広範囲への送電や大容量の供給には不向きという課題を抱えていました。

特に日清戦争以降、産業の発展とともに電力需要が急速に増加しましたが、直流式ではこの旺盛な需要に応えきれなくなりました。また、都市部の商業地近くに発電所を増設しようにも、密集地では広い敷地の確保が難しく、さらに煤煙などの公害対策も大きな問題となりました。こうした状況下で、長距離・大容量送電に適した交流発電・送電方式への転換が求められ、大型の交流発電機の実用化・性能向上も進みました。これらの技術的・社会的な背景から、交流発電を前提とした大規模火力発電所の建設計画が進められ、浅草火力発電所が建設されるに至ったのです。

運用と歴史

浅草火力発電所は1893年（明治26年）に着工され、1895年（明治28年）8月29日に一部が竣工、同年9月20日には電力供給を開始しました。その後、電力需要の拡大に合わせて増設が進められ、1905年（明治38年）4月には第二期増設工事が完了しました。この際に建てられた三本の煙突は、当時の浅草の景観を特徴づける存在となりました。

特徴的な設備

発電所に据えられた交流発電機には、日本の電力技術の黎明期における重要な設備が設置されていました。一つは石川島造船所（現在のIHI）が開発した国産第一号とされる発電機です。これは当時世界水準に匹敵する200キロワットもの出力を誇り、日本の工業技術が着実に進歩していることを示しました。もう一つ特筆されるのは、ドイツのアルゲマイネ社（現AEG）から輸入された発電機です。この発電機が採用していたのが周波数50ヘルツであったことから、浅草発電所からの送電エリアである東日本において50ヘルツが標準周波数として定着する決定的な要因となりました。

また、発電所の燃料には引き続き石炭が用いられました。当時すでに繁華街であった浅草において、環境への影響を軽減するため、高さ61メートルにおよぶ高い煙突が建設されました。この煙突は浅草の名物の一つとして、地域住民や訪れる人々に親しまれました。皮肉にも、同じ浅草公園内にあり、震災で倒壊した凌雲閣は、この発電所の電力を大量に消費する施設でした。

その終焉

大正時代に入ると、浅草火力発電所も設備の老朽化が進み、建て替えが検討されるようになりました。しかし、その矢先の1923年（大正12年）9月1日に関東大震災が発生。発電所は甚大な被害を受け、その機能を失いました。震災による被害状況を踏まえ、浅草での再建は断念され、1925年（大正14年）に正式に閉鎖されました。発電所の代替と、将来の電力需要を見据えた新たな大規模発電所の建設地として、東京郊外の千住が選ばれ、後の千住火力発電所建設計画へと引き継がれていきました。

なお、関東大震災で本体は被災しましたが、三本煙突は倒壊を免れました。この煙突は解体されることなく、1926年（大正15年）に千住火力発電所へ移設されました。千住で新設された一本と合わせて四本の煙突となり、後に東京の景観の一部として「お化け煙突」の愛称で広く知られることになります。

浅草火力発電所の跡地には、2016年（平成28年）時点では東京電力パワーグリッドの蔵前変電所が設置されており、かつて大規模な発電所が存在したことを静かに物語っています。

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