海が泣いている

太田裕美の通算9作目にあたるオリジナル・アルバム『海が泣いている』は、1978年に世に送り出された作品です。このアルバムは、1991年にはCDフォーマットでも再リリースされ、デジタル時代においても多くのリスナーに聴き継がれています。

本作は、太田裕美の音楽活動において非常に重要な位置を占めています。デビュー以来、彼女のサウンドイメージを確立し、数々のヒット曲を生み出してきた作詞家の松本隆と作曲家の筒美京平による強力なゴールデンコンビ。彼らとの密接な共同作業による楽曲制作が、本作をもって一時的な終止符を打ったという点で、『海が泣いている』は一つの時代の区切りを示す作品となりました。

アルバム制作における特筆すべき点として、レコーディングがアメリカ合衆国のロサンゼルスで行われたことが挙げられます。これは、それまでの太田裕美のめざましい活躍に対する、いわば「ご褒美」のような形で実現した海外レコーディングであり、その異国の地で制作されたサウンドは、これまでの国内録音作品とは一味違う、洗練された都会的な雰囲気を纏っています。

音楽性においては、全10曲全てを作詞：松本隆、作曲：筒美京平という盤石の布陣が担当しています。編曲陣には、日本から萩田光雄、そして海外からJIMMY HASKELLとBEN BENAYといった実力派が名を連ねています。特にJIMMY HASKELLやBEN BENAYといった海外のアレンジャーが参加していることは、ロサンゼルス録音ならではのサウンドメイキングに大きく寄与していると考えられます。また、収録曲全てに英語のサブタイトルが付されているのも、本作のユニークな特徴の一つです。

本作にはバラエティ豊かな10曲が収められています。アルバムと同日に太田裕美にとって13枚目のシングルとして発表された「振り向けばイエスタディ」は、JIMMY HASKELLによる編曲が施された、後のシティーポップにも通じるような洗練されたナンバーです。また、アルバムタイトルと同名の楽曲「海が泣いている」は、萩田光雄が編曲を担当し、シングル「振り向けばイエスタディ」のカップリング曲としても収録されました。その他の収録曲としては、「スカーレットの毛布」「茉莉の結婚」「Nenne」「街の雪」「ナイーブ」「水鏡」「女優（ヒロイン）」「∞（アンリミテッド）」があり、それぞれ萩田光雄、JIMMY HASKELL、BEN BENAYといった異なるアレンジャーによってその世界観が彩られています。これらの楽曲群を通じて、太田裕美の表現力豊かな歌唱と、松本・筒美コンビによるメロディメーカーとしての才能、そして海外録音ならではの高品質なサウンドプロダクションが融合した独特の世界が展開されています。

商業的な側面では、本作は日本のオリコンチャートで最高位13位を記録しました。これは、当時の日本の音楽シーンにおける太田裕美の人気の高さを改めて示すものであり、アルバムとしても一定の成功を収めたことを意味しています。

『海が泣いている』は、太田裕美のキャリアにおいて、松本隆・筒美京平との黄金期に一つの区切りをつけ、新たなサウンドへの模索を始めた時期に制作された意欲的な作品です。ロサンゼルスでの海外レコーディングや全曲への英語タイトル付与など、随所に新しい試みがみられ、これまでの叙情的で親しみやすいイメージに加え、より洗練されたアダルトな魅力を開花させた一枚と言えるでしょう。サウンドプロダクションの面でも特筆すべきアルバムであり、太田裕美のディスコグラフィを語る上で欠かせない重要な作品の一つです。

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