海と毒薬

小説『海と毒薬』の概要

『海と毒薬』（うみとどくやく）は、1957年に発表された遠藤周作の小説です。本作は、第二次世界大戦中に起こった捕虜の臨床実験、特に九州大学生体解剖事件を素材にしており、主題は「神なき日本人の罪意識」となっています。この作品は第5回新潮社文学賞及び第12回毎日出版文化賞を受賞しており、評価が高い作品です。さらに、1986年には熊井啓監督により同名の映画としても制作されました。

本作では具体的な大学名は記されておらず、「F市の大学病院」という表現が用いられています。また、登場人物たちは実在の人物を直接モデルとしたものではなく、創作性が強い内容になっています。遠藤はこのタイトルの背景について、九州大学病院の屋上から海を眺めた際に思いついたことを明かしています。このとき、彼の思考は運命や人間の意志を麻痺させる状況を「毒薬」に例えました。

あらすじ

物語は、持病の治療のために近隣の医院を訪れる男から始まります。男は、そこで出会う医師・勝呂が、かつての解剖実験事件に関与していたことを知ることになります。F市の大学病院に勤務する勝呂は、助かる見込みが薄い患者「おばはん」が実験材料として使われようとする状況に対して憤りを感じています。

勝呂の当時の職場では、橋本教授と権藤教授の間で医学部長の座を巡る激しい争いがありました。橋本教授は、以前、前部長の姪である田部夫人の手術を失敗させたことから、名誉を挽回するためにB29の搭乗員を対象に生体解剖を行うことを決定します。勝呂はこの実験に参加せざるを得なくなろうとし、次第に彼の倫理観と職業上の立場が葛藤する様子が描かれています。

テーマ

本作の中で、遠藤は日本人が持つ倫理的観念の不確かさについて深く掘り下げています。キリスト教に基づく成文的な倫理規範がある一方で、日本人にはそうした明確な行動指針が存在しないという視点が示されています。このため、主人公の勝呂医師や看護婦たちは、一般的な日本人として集団心理に巻き込まれ、常軌を逸した行動に及ぶ可能性があるという点が重要です。

批判と評価

『海と毒薬』が発表された後、遠藤は続編を考えていたとされますが、実際に公開された作品に対する評価は分かれることになりました。事件に関与した一部の関係者は、遠藤が彼らの行為を断罪しようとしていると誤解し、抗議の手紙を送るなどの事態が起こりました。このことは彼に大きなショックを与え、作品の続編を執筆する意欲を削がれたと考えられています。しかし、実質的な続編ともいえる『悲しみの歌』が後に発表され、そこでは勝呂医師が新宿の開業医として登場します。

出版情報

• - 新潮文庫 - ISBN 4101123020
• - 講談社文庫 - ISBN 4061310232
• - 角川文庫 - ISBN 4041245257

映画化

1969年には熊井啓が脚本を手掛け、この作品を映画化する計画が立てられましたが、スポンサー探しが難航しました。最終的に映画化が実現したのはその17年後、1986年のことでした。映画も高い評価を受け、ベルリン国際映画祭では銀熊賞を受賞するなど、成功を収めました。

関連項目

• - 悲しみの歌
• - 日本人論
• - レイシズム
• - エスノセントリズム
• - 九州大学生体解剖事件

このように、『海と毒薬』は単なる物語としての枠を超え、深い倫理的考究を投げかけている作品として多くの人々に影響を与え続けています。

もう一度検索