渡辺信二 (パイロット)

渡邊信二

大正時代に活躍した日本の民間飛行士、渡邊信二は、1900年（明治33年）3月12日に現在の兵庫県加古川市にあたる印南郡志方村で生を受けました。その短い生涯の中で、彼は二つの点で日本の航空史に名を刻んでいます。一つは関西地方における初期の滑空飛行を成功させた人物として、もう一つは、日本の定期郵便飛行において初めての犠牲者となった悲劇の飛行士としてです。1926年（大正15年）4月6日にわずか26歳でこの世を去りました。

飛行への情熱とキャリア

地元の志方尋常高等小学校を卒業後、渡邊は播州鉄道会社に勤めました。しかし、彼の心は常に大空に向けられていました。航空への強い関心から、1922年（大正11年）12月13日、彼は日本航空輸送研究所の門を叩きます。ここで飛行技術を学び、翌1923年（大正12年）2月21日には三等飛行機操縦士の免許を取得し、同研究所が担っていた郵便飛行事業に携わることになります。

飛行士としての技量を磨き、1924年（大正13年）11月27日には二等飛行機操縦士へと昇格しました。定期的な郵便物の輸送飛行を行う傍ら、彼は航空機の組み立てや整備にも携わり、次世代の操縦士を育成する教官も務めました。また、航空技術の普及や啓発にも努め、1925年（大正14年）には故郷を訪れる訪問飛行（3月21日）や、播丹鉄道の全線開通を祝う記念飛行（3月22日）を実施するなど、多方面で活躍しました。

自作グライダーによる滑空飛行

鉄道会社勤務時代から、渡邊は飛行機製作への情熱を燃やしていました。約半年間をかけ、翼幅8メートル、全長5メートル、重量わずか30キログラムという、人力で牽引可能な軽量グライダーを独力で完成させます。完成したグライダーのテストは、まず道路の直線部を利用した人力牽引で行われました。

そして1921年（大正10年）10月17日、彼は自宅近くにある高御位山（標高304メートル）を選び、本格的な試験飛行に挑みました。山頂の断崖から、補助者の助けを借りて離陸を試みましたが、離陸時にグライダーの尾翼が樹木に接触するアクシデントが発生しました。このため、当初目標としていた山麓の池までは到達できませんでしたが、約300メートルの距離を30秒間滑空することに成功しました。

この飛行は、1961年（昭和36年）に山頂に建立された顕彰碑「飛翔」の碑文によって、特に「関西における最初の滑空飛行」として広く知られるようになりました。

悲劇の最期

1926年（大正15年）4月6日、渡邊信二は日本航空輸送研究所の定期郵便飛行便に乗務していました。この便は大阪から高松を経由して今治へ向かう航路でした。搭乗機は横廠式アルグス180馬力の水上機「千鳥二百一號」で、彼ともう一人の同乗者が乗り込んでいました。午前11時47分、機体は堺大浜の水上飛行場を離水しました。

しかし、離水から間もない正午頃、兵庫県神戸市の駒ケ林沖の上空で、「千鳥二百一號」から突如として爆音と炎が上がり始めました。機体は高度を下げ始めましたが、その直後、急激に降下角を深め、海面に激しく突入しました。この様子は、海上を航行していた船や陸上にいた多くの人々によって目撃されました。

事故発生後、同乗者はすぐに救助されましたが、残念ながら命を落としました。渡邊飛行士は、事故翌日に機体の残骸付近の海底で発見されました。引き上げられた彼の遺体には火傷の痕があり、機体や積荷も激しく焼けていました。

事故原因について、当時の航空局は翌日（1926年4月7日）に調査結果を発表し、機上で発生した火災が主な原因であり、それが他の要因と複合的に作用した結果であると結論付けました。後の研究や文献では、事故の際に渡邊が飛行眼鏡を着用していなかったため、火災の炎で視界を完全に失い、着水操作を誤ったことが決定的な要因だったと指摘されています。この悲劇は、日本の定期郵便飛行の歴史において、初の死亡事故として記録されることになりました。

後世への継承

渡邊信二の功績と短い生涯は、彼の故郷である志方村の人々によって長く記憶されています。彼の死去から約1年後の1927年（昭和2年）4月6日、地元の有志によって建立された「飛行士渡邊信二君記念碑」が志方町内に除幕されました。また、彼が滑空飛行を行った高御位山の山頂には、1961年（昭和36年）10月17日、地元の文化団体「番茶くらぶ」をはじめとする有志によって「飛翔」（渡辺信二飛行士顕彰碑）が建立され、その挑戦を称えています。

渡邊家に代々伝わってきた彼の遺品は、後に加古川市教育委員会に寄贈されました。2016年（平成28年）11月には、彼の飛行服、帽子、航空用眼鏡、事故機のプロペラ破片、アルバムの写真などが展示される展覧会が開催され、多くの人々に彼の生涯と日本の初期航空史への貢献を伝える機会となりました。

さらに、作家の阿部牧郎は、渡邊信二の生涯、特に自作グライダーによる飛行への挑戦を題材とした中編小説「飛翔記」を執筆し、1976年（昭和51年）に発表しました。この小説は、彼が初めて航空機に触れてから、プロのパイロットとして故郷を訪問するまでの軌跡を描いています。

もう一度検索