湧昇

湧昇：深海からの恵み、生命のオアシス

はじめに

海洋において、深層から表層へ海水が湧き上がる現象を「湧昇（ゆうしょう）」と呼びます。一見すると地味なこの現象は、実は海洋生態系を支える上で非常に重要な役割を担っています。本稿では、湧昇のメカニズム、発生場所、生態系への影響について解説します。

湧昇のメカニズム

通常、表層と深層の海水は、温度や塩分濃度の違いによって混ざり合うことはありません。しかし、特定の条件下では、深層水が表層へ上昇する湧昇が発生します。主なメカニズムとして、以下のものが挙げられます。

1. エクマン輸送

風が海面を吹き抜ける際に、コリオリの力によって海水が風向に対して直角に移動する現象（エクマン輸送）が、湧昇を引き起こします。北半球では右向き、南半球では左向きに海水が移動し、その結果、海面の水が離れた場所に移動することで、深層水が湧き上がってきます。

2. 沿岸湧昇

大陸沿岸で風が特定の方向に吹くと、エクマン輸送と海岸線によって海水が沖合に移動します。その結果、空いたスペースを埋めるように深層水が湧き上がってきます。カリフォルニア州やペルー沿岸などが代表的な沿岸湧昇域です。

3. 赤道湧昇

赤道付近では貿易風が東から西へ吹き、エクマン輸送によって海水が赤道から南北へ移動します。このため、赤道付近の表層では海水が不足し、深層水が湧き上がります。

4. 海洋火山

海底火山は、深層海流を遮断し、湧昇を引き起こす場合があります。ハワイ諸島周辺海域などがその例です。

5. 流氷

流氷の氷結・融解過程においても、塩分の変化が深層水の湧昇を引き起こす場合があります。オホーツク海が豊かな漁場である理由の一つとして、このメカニズムが挙げられます。

湧昇と生態系

深層水には、表層から沈降した有機物が分解されて生成されたリンや窒素などの栄養塩が豊富に含まれています。湧昇によってこれらの栄養塩が表層に供給されると、植物プランクトンの増殖が爆発的に起こります。

この植物プランクトンを餌とする動物プランクトン、そしてそれを食べる魚類、さらにそれを捕食する大型の海洋生物へと、食物連鎖が構築されます。湧昇域は、海洋生物にとって極めて重要な生産地であり、豊かな生態系を支えています。

世界の湧昇域

湧昇は、世界中の限られた海域で発生します。特に、アメリカ西海岸のモントレー湾や、ガラパゴス諸島周辺は、世界的に有名な湧昇域として知られています。

モントレー湾

モントレー湾では、海底渓谷の存在が深層水の湧昇を促し、巨大なケルプ（コンブ）の森を育んでいます。このケルプの森は、多様な海洋生物の生息地となっています。

ガラパゴス諸島

ガラパゴス諸島では、赤道潜流（クロムウェル海流）が海底地形と相互作用して湧昇を引き起こし、独特の生態系を支えています。しかし、エルニーニョ現象によってクロムウェル海流が弱まると、生態系に深刻な影響を与える可能性があります。

結論

湧昇は、一見すると目立たない海洋現象ですが、海洋生態系の生産性と生物多様性に大きな影響を与えています。湧昇域の保全は、海洋環境の保全に不可欠です。今後、気候変動などの影響による湧昇の変化についても、継続的なモニタリングと研究が求められます。

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