火の記憶

火の記憶

松本清張の短編小説『火の記憶』は、1952年に発表され、1955年の短編集『悪魔にもとめる女』に収録された作品です。本作は、家族の秘密に迫る中で描かれる人間ドラマを通じて、記憶と真実の関係性を考察します。

あらすじ

物語の主人公である高村泰雄は、交際を経て頼子と結婚することになりますが、彼の戸籍に記された「父失踪」の事実が引っかかります。彼女の兄貞一もそのことを気にしますが、泰雄はそれが特に問題ではないと一蹴します。しかし、結婚から2年が経過し、泰雄は自らの過去に向き合う決心を固めます。父の失踪の真相を探求するべく、彼は自分の幼少期の記憶をたどります。

泰雄は「僕は本州の西の涯にあるB市で生まれた。父は私が四歳の時に姿を消したため、父に関する記憶はほとんど残っていない」と語ります。父が別の家に住んでいたのではないかという感覚に捉えられ、母の背中に影を重ねて記憶を辿っていきます。彼は、この記憶が単なる幻想ではないことを理解し始めます。時折思い起こされる「火」が、彼と母、そして別の男との間に存在していたことが、彼に深い苦悩を与えます。

さらに、数年前の母の命日、古いハガキが出てきます。そこには父に関する死亡通知が書かれており、その情報を元に九州の恵良寅雄に真相を尋ねます。すると、寅雄から返事が届き、自らの亡父であることが判明しました。それをきっかけに、泰雄は九州への旅を決意しますが、両親や家庭に対する疑念と複雑な感情を抱えたまま、予約した汽車に乗ります。

旅の中で、再び火が焚かれるシーンが浮かび上がり、母とともに見た光景が彼の心に重なります。そう考えると、彼の父が失踪した理由も、母との秘密の関係も納得がいくのです。泰雄は、失踪した父への同情や母に対する未練から、複雑な感情を抱えるようになります。

頼子は兄貞一にこの話をするも、彼は泰雄がまだ真実を知らないのではないかと考えます。隠れた真実が物語の核を成し、各キャラクターが心理的に絡むことで、作品がさらに深みを持つ結果になります。

経緯と評価

本作は、松本清張のデビュー作『西郷札』に続く創作活動の一環として生まれました。作中の要素やテーマは、後の作品『張込み』や『顔』に通じるものがあります。また、近代日本文学研究者の見解によると、本作における人称の転換は、夏目漱石の作品を意識したものであり、記憶の扱いが精神分析的な要素を含んでいることも指摘されています。

さらに、1961年と1978年にはテレビドラマとしても映像化され、多くの視聴者に愛されました。特に1978年版には松本清張自身が出演し、作品の魅力を高めました。『火の記憶』は、作家松本清張が描く人間関係や記憶の奥深さが色濃く反映された作品として、今なお多くの読者にインスピレーションを与え続けています。

もう一度検索