火星のピラミッド

「火星のピラミッド」

イギリスを代表するSFテレビドラマシリーズ『ドクター・フー』の歴史において、特に古典的な名作として挙げられるエピソードの一つが、シーズン13の第3番目に位置するストーリー「火星のピラミッド」（原題: Pyramids of Mars）です。この物語は、本国イギリスでは1975年の10月25日から11月15日にかけて、国営放送であるBBC Oneで全4話構成で放送されました。遠く離れた日本では、衛星放送時代の先駆けとしてNHK BS2の「衛星こども劇場」枠で、1989年 12月6日から翌1990年 1月10日にかけて視聴する機会が提供されました。日本のファンにとっては、このテレビ放送に先立ち、同じ邦題でVHSソフトがリリースされていたことも記憶に残る出来事でしょう。

物語の舞台は1911年の地球。時間旅行者であるドクターがTARDISで降り立ったのは、第一次世界大戦前夜のイングランドでした。しかし、そこで彼を待ち受けていたのは、単なる歴史上の出来事ではなく、宇宙規模の脅威でした。古代エジプト神話における破壊と混沌の神である「セト」と同一視されることもある、宇宙に存在する邪悪な存在「スーテク」が、地球の科学者マーカス・スカーマンに憑依し、自身の解放を目論んでいたのです。スーテクは遠い昔、火星に存在するピラミッドに封印されていました。その強力な力を恐れた古代の宇宙文明が、高度な技術を用いて彼をピラミッド内部に幽閉したのです。スーテクの目的はただ一つ、その封印を司るピラミッドを破壊し、全宇宙に再び支配を及ぼすことでした。ドクターは、この恐るべき計画を阻止するため、過去のイングランドからエジプト、そして火星へと時空を超えた冒険を繰り広げます。科学と神秘、そして古代の神話が複雑に絡み合う物語は、視聴者を惹きつけました。

このエピソードの制作過程もまた興味深い側面を持っています。元々はルイス・グレイファーによって執筆された脚本案が存在しましたが、当初は採用が見送られる可能性がありました。グレイファー自身が脚本の修正を行うことが難しかったため、最終的にはシリーズのスクリプトエディターでもあったロバート・ホルメスが全面的に脚本を書き直すこととなりました。しかし、この改稿版は、ホルメスの本来の意図とは異なり、ステーヴン・ハリスという偽名義でクレジットされることになったと言われています。物語の内容に関しても、地球の防衛組織であるUNIT（国連情報特命部隊）の歴史に関する設定が、シリーズ全体の中で見ると矛盾を生じさせており、放送当時からファンの間で議論の種となるなど、ある種の論争を引き起こした点も特筆されます。

視覚的な面では、ゴシック建築の雰囲気を持つロケ地が作品の世界観を構築する上で重要な役割を果たしました。主要な撮影場所の一つとして選ばれたのは、ハンプシャー州にある広大な敷地「Stargroves」です。当時、この荘厳な建物は有名なミュージシャンであるミック・ジャガーの個人所有地であり、その独特の雰囲気が作品に深みを与えました。Stargrovesは、後の1977年に制作された別のエピソード『Image of the Fendahl』でも再びロケ地として使用されています。また、前話である『悪魔の惑星』で初めて登場し、ドクターの宇宙船TARDISの内部に設置された新しいコンソール（操縦卓）は、この「火星のピラミッド」では使用されませんでした。この新しいコンソールが再び画面に姿を現すのは、このエピソードからしばらく経った1977年の『The Invisible Enemy』まで待たなければなりませんでした。

エピソードのタイトルである「火星のピラミッド」は、単なるフィクションの世界に留まらない興味深い関連性を持ちます。1970年代以降、人類が火星へと送り込んだ探査機、例えばバイキング計画などの探査機によって撮影された画像の中には、火星の地上に自然物とは思えないような、明確なピラミッド状の構造物が捉えられているものがありました。これは後に自然の地形（影や光の具合による錯覚など）と説明されることが多いのですが、当時の人々、特にSFファンにとっては、宇宙における未知の古代文明の痕跡ではないかという想像を掻き立てるに十分なものでした。この現実世界の発見と、エピソードのタイトルおよびテーマが偶然にも符合したことは、作品にさらなる神秘性を付加したと言えるでしょう。

「火星のピラミッド」は、ドクター・フーのクラシックシリーズの中でも、SFホラーの要素と古代神話、そして時間旅行を巧みに組み合わせたストーリーテリングが高く評価されています。スーテクという圧倒的な力を持つ敵の存在感、舞台となる1911年の雰囲気、そしてドクターが直面する倫理的な選択など、見どころの多いエピソードであり、今なお多くのファンに語り継がれる傑作です。

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