火星年代記

レイ・ブラッドベリの代表作として知られるSF小説『火星年代記』（原題: `The Martian Chronicles`）は、1950年に単行本として刊行されました。この作品は、単一の連続したストーリーではなく、個々に独立した26の短編物語を、年代順に配置して一冊にまとめたものです。1940年代に様々な雑誌で発表された短編に、いくつかの書き下ろしが加えられて構成されています。「年代記」という題名が示す通り、各短編には具体的な年月が付されており、これが時間の経過とともに繰り広げられる火星の歴史を形作っています。

物語は、地球からの火星探検隊が送り出される場面から始まります。最初の数回の探査は、火星の先住民との衝突により失敗に終わります。しかし、装備を強化して再び火星に到達した第四次探検隊が目にしたのは、既に衰退し、静まり返った火星文明の姿でした。先行隊が持ち込んだ地球の病原菌が蔓延し、火星人はほぼ絶滅してしまっていたのです。

火星が空き地となった後、地球からの大規模な植民が本格化します。多くの人々が希望を胸に火星へと移住し、火星の土地に地球の街並みが築かれていきます。しかし、移住者の多くは火星独自の文化や歴史に関心を持たず、ただ地球の価値観や生活スタイルをそのまま持ち込み、新しい土地を自分たちの都合の良いように変えていきます。

やがて、遠く離れた地球で全面的な核戦争が勃発。地球が壊滅的な状況に陥ると、火星に移住していた人々のほとんどが、故郷へ引き返してしまいます。火星には少数の人々が残され、あるいは、核戦争の混乱を生き延び、辛うじて地球を脱出した人々が新たに火星にたどり着きます。物語の最後では、荒廃した地球を後にし、火星で新たな人生を始めようとするある家族の姿が描かれます。

『火星年代記』は、単なるSF的な冒険物語に留まりません。火星という舞台やSF的なガジェットは、むしろ人間社会、文明、そして愚かさに対する鋭い批評を行うための装置として機能しています。特に作品が書かれた当時のアメリカ社会が抱えていた問題、例えば人種差別や開発偏重、文化の画一化などに対する風刺が随所に散りばめられています。ブラッドベリ独特の、叙情的で美しい散文は、乾いた火星の風景と人間の普遍的な感情や葛藤とを結びつけ、深い読後感をもたらします。

なお、本作は1997年に改訂版が出版されています。この改訂版では、ブラッドベリ自身によって年代設定が全体的に31年繰り下げられたり、一部の短編が差し替えられたりしています。旧版にあったエピソードが削除され、他の短編集に収録されていた作品が加えられるなど、構成にも変更が加えられました。

SF文学史において重要な位置を占める『火星年代記』は、その文学性と普遍的なテーマにより、時代を超えて読み継がれています。1979年にはテレビ・ミニシリーズ化もされており、様々な形で後世に影響を与え続けている作品です。

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