無中生有

無中生有（むちゅうしょうゆう）

三十六計の第七計である無中生有は、「無の中に有を生む」という意味を持ちます。この計略は、敵を欺くために、一見すると無意味な行動や偽装を繰り返し、敵の警戒心を解いた上で、隠された真の目的を達成するという、高度な情報戦・心理戦の戦略です。

本文の解釈

無中生有の計略は、以下の段階を経て実行されます。

1. 誑也（きょうや）: まず、敵を欺くための偽装工作を行います。敵が信じやすい嘘や、もっともらしい情報を流し、敵の判断を誤らせます。
2. 非誑也（ひきょうや）: 次に、その欺きに気づかせます。しかし、これは単なる陽動作戦であり、敵に「見破った」と思わせることで、油断を誘います。
3. 実其所誑也（じつきしょきょうや）: 最後に、再び同じような欺きを行います。敵は一度見破ったと思っているので、警戒しません。その隙を突いて、隠された真の目的を達成します。
4. 少陰、太陰、太陽: これは、偽装の段階を表しています。最初は軽い偽装（少陰）で敵を欺き、次に大きな偽装（太陰）で敵を油断させ、最後に総攻撃（太陽）を加えるという流れです。

事例

太史慈の脱出

孔融が黄巾賊の残党に包囲された際、将軍の太史慈は、自ら馬に乗り弓を持ち、従者に的を持たせて城外に出ました。そして、的を射ては戻るという行動を繰り返しました。最初は警戒していた黄巾賊も、何度も繰り返されるうちに、この行動に興味を示さなくなりました。完全に油断したところで、太史慈は突然馬を駆って包囲を突破し、劉備に救援を要請。援軍を引き連れて戻り、黄巾賊を撤退させ、孔融は窮地を脱しました。

孫堅の江夏城攻略

孫堅が劉表の江夏城を攻めた際、城の守りが堅いため、孫堅は一計を案じました。夜毎にかがり火を灯した小船の大群で城に接近する、という策を実行したのです。城主の黄祖は毎晩、火矢を使って反撃し、孫堅の軍を撃退したつもりになっていました。しかし、7日目にして、小船には兵が乗っていないことに気づきました。次の夜も、同様に小船の大群が接近してきましたが、黄祖の軍は反撃せずに眺めていました。ところが、今回は多数の兵が小船に隠れており、一気に城を襲撃。江夏城は陥落しました。

無中生有の本質

無中生有は、敵の心理を巧みに利用する戦略です。敵に誤った情報を与え、それを否定することで、敵の判断を狂わせます。そして、敵が油断した瞬間に、隠された真の目的を達成します。この計略は、情報戦や心理戦において非常に有効であり、現代のビジネスや交渉の場でも応用することができます。

童話の「オオカミ少年」もこの心理を逆手に取ったものと言えるでしょう。何度も嘘をつくことで、本当に狼が来た時に誰も信じてくれなくなるという話は、無中生有の計略の危険性を示唆しています。

無中生有は、状況をよく見極め、敵の心理を理解した上で、周到な準備を行うことが重要です。安易に使うと、逆効果になる可能性もあるため、注意が必要です。

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